生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2002年度 中間評価結果

葉緑体の増殖制御技術の開発と応用に関する先導的研究

(東京大学大学院理学系研究科 黒岩常祥)

評価結果の概要

全体評価

本研究プロジェクトは独創的であり、かつ、その研究の進展には、当初の予想を上回るものが多く見られ、高く評価できる。特に、原始紅藻のゲノム配列の網羅的解析により、ミトコンドリアならびに葉緑体の分裂の最終段階を制御する遺伝子の発見は、これら細胞内小器官の増殖機構の解明に大きく寄与するものと期待できる。これまでに得られた成果は、「Molecular Biology of the Cell」に掲載されたことでも明らかなように、国際的にも高い評価を受けており、予算に十分見合う研究成果を上げていると評価できる。
なお、今後の研究によって機能が同定される新規な遺伝子に関しては、特許化を図ることが望ましい。

中課題別評価

(1)「極限環境藻類の葉緑体増殖制御とマイクロレーザーによる遺伝子導入技術の開発」
(東京大学大学院理学系研究科 黒岩常祥)

原始紅藻の独創的な同調培養系を用いて、葉緑体分裂装置の構造を解明し、生化学的なアプローチに加えて、ゲノミックスからのアプローチにより、真核生物由来の分裂リングの形成に関与している遺伝子を発見したことは、細胞生物学の基本現象を解明したものとして、教科書に記載されるべき重要な発見であり、高く評価される。
研究後半に計画されている「マイクロレーザーによる遺伝子導入技術の開発とそれを用いた葉緑体増殖制御技術の開発」に向けて、レーザーマイクロビームを用いた細胞破壊により、花粉管誘導物質が助細胞で分泌されていることを明らかにしたことは、直接葉緑体の分裂装置の解析に関係するものではないが、今後の遺伝子機能の解析の有力手法として期待できる。

(2)「海洋藻類の原核型及び真核型葉緑体分裂遺伝子の探索と遺伝子導入による葉緑体増殖技術の開発と応用」
(東京大学大学院新領域創成科学研究科 河野重行)

69種75系統の海洋藻類を収集し、それらを用いて、葉緑体の原核生物型分裂装置遺伝子の解析について着実に研究成果を上げつつあることは大いに評価できる。海洋藻類については一般に分子細胞生物学的研究の蓄積が貧困なので、この中課題の目標と達成されるべき成果は国際的にも大きな意味を持っている。
しかし、現在の研究の多くは、Nannochloris bacillarisを中心にした研究であり、計画にある分子育種への道は遠いように感じられる。異なる藻類における葉緑体分裂機構の解明はそれ自体が重要な研究テーマであり、研究をより基礎的な側面に絞り、また、材料は灰色藻類あるいは、二次共生藻類を中心として研究を進展させることを希望する。

(3)「陸上植物の葉緑体増殖制御技術の開発と遺伝子破壊による葉 緑体分裂関連遺伝子の機能解析」
(熊本大学大学院自然科学研究科 高野博嘉)

ペプチドグリカン合成酵素阻害剤がコケの葉緑体分裂を阻害することを観察し、それを契機として、ペプチドグリカン合成酵素系がコケの葉緑体の増殖に関与していることを明らかにしている。また、高等植物にも類似の遺伝子が存在することを見出しており、葉緑体の起源やその分裂機構の解明に大きなインパクトを与えており、そのオリジナリティーは高く評価できる。 計画に示されている応用的な展開も重要ではあるが、より基礎的な機構の解明を深化させ、葉緑体複製の根本的なメカニズムを明らかにすることにより、当初の目的にあったマラリア原虫などの生長制御への展開の基盤が築かれることに期待したい。