生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2003年度 中間評価結果

化学環境認識に基づく「昆虫型行動決定スイッチングシステム」の解明

(京都工芸繊維大学繊維学部 尾崎 まみこ)

評価結果概要

(1)全体評価

昆虫の接触化学感覚子は、数個のモダリティーの異なる化学感覚細胞を含み、その中のどの細胞がどういう組合せで、刺激されるかによって摂食行動を切替えるという、単純で特徴的な行動のスイッチングシステムを所持している。このシステムを感覚細胞の分子レベル、細胞レベルに基礎を置いて、中枢の機能を含む神経システム全体を理解することは、広い応用の可能性もある重要な研究課題である。本研究は、昆虫感覚器の受容細胞の機能を、分子生物学的技法と電気生理学的手法の緊密な組合せによって解明しようとするもので、その目的は独創的である。これまで、ハエの4番目の味細胞(fifth cell)の機能同定、糖受容におけるNOの役割、味細胞の単離・培養、脳内アミンによる行動制御などの優れた研究成果を上げており、「昆虫型行動決定スイッチングシステム」の解明の展望が見えてきた。今後の研究努力によっては大きく成果を伸ばす潜在性をもつ課題である。

(2)中課題別評価

1「昆虫型行動決定スイッチングシステムとして作動する接触化学受容細胞の機能蛋白 質とその遺伝子の特定」
(京都工芸繊維大学 繊維学部 尾崎まみこ)
味細胞感覚突起と受容器リンパ液のみを含む味覚毛を大量に集めて材料とするプロテオーム解析によって、新しいCa2+結合タンパク質、CRLBPとは異なる嗅物質結合タンパク質など、味細胞の情報変換に関与していると思われる機能タンパク質が同定されつつある。このプロジェクト中でハエfifth cellの生理機能が解明され、その摂食忌避行動に対する役割が示されたことは極めて重要な成果である。これが確立されることにより、ハエの4つの味細胞の組合せが行動決定スイッチとして、どのように機能しているかが次の研究の具体的なテーマとなってきた。今後は、中課題2との共同による培養細胞を用いた機能の分子・細胞レベルの研究、中課題3との共同による行動のスイッチングとその中枢機構研究の進展が期待される。

2「昆虫の化学受容細胞の作動機構と行動決定スイッチシステムにおける役割」
(電気通信大学 電気通信学部 中村 整)
単離した培養味細胞の各種の刺激味物質に対する応答の記録に成功したことは重要な成果である。この方法を改良し、刺激により活動電位を発生できる細胞を得ることは可能な筈であり、これにより簡単な電極法で4種の味細胞の同定が可能となり、中課題1と共同の研究によって各々の味細胞に特有の機能タンパク質を同定することが期待される。糖受容機構に於いて、NOの役割の発見も重要な成果である。NOが情報変換の主経路に位置するのか、調節的な役割なのかはまだ確定していないが、重要な知見であり、さらなる解明が望まれる。また、行動スイッチングのONに関わる糖受容細胞と対比して、OFFに関わると思われる第5細胞の情報変換過程を明らかにする必要がある。

3「昆虫の接触化学受容システムを通した行動制御の基礎研究」
((独)農業生物資源研究所 朝岡 潔)
この課題は、カイコの摂食行動とそれに関与する味細胞や中枢の神経細胞の同定とその機能の解明に関する基礎的研究を行い、見るべき成果をあげつつあるが、水準以上の成果を収めるには、他の中課題と緊密に連携することである。今後は、これまでに得られた成果に基づいて、このプロジェクト全体の中心課題である昆虫に特有の行動決定スイッチングシステムの解明にテーマを絞って、それに挑戦することが望まれる。たとえば、中枢で見つかったドーパミンの役割解明など、カイコの脳内アミンと行動制御の関係をさらに追及し、中課題1との接点を拡大する。このプロジェクトにおけるカイコ研究の意義の1つは、広食性のハエに対して狭食性のカイコの対比にあるので、その方向での研究の進展が望まれる。