生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2005年度 中間評価結果

クローンブタを用いた幹細胞移植治療の評価モデルの確立

(明治大学農学部生命科学科 長嶋 比呂志)

評価結果概要

(1)全体評価

組織幹細胞を用いた細胞移植治療は、次世代の再生医療として期待されているが、その臨床応用を実現するためには、有効性や安全性を確実に評価しうる大型動物のモデル系の確立が必須である。本研究では、ヒトへの類似性が高いブタを用いて、幹細胞移植治療の評価モデル系を構築することを最終目標とする。
総合的にみて中間点までの達成度は概ね計画通りで、合格点といえる。プロジェクト全体の成果は、中課題A、BおよびCの有機的連携による貢献度が高く、このプロジェクトで最も重要なキーとなる効率のよいクローンブタ技術が達成され、優れた成果となった。また、今後の細胞移植の治療効果の検討に必須な糖尿病モデルブタの作出において、薬物誘導による方法が中課題Cから報告されたことも評価できる。さらに、遺伝子操作による糖尿病モデルブタ作出の可能性も示され、今後の細胞移植効果の検討にとって重要である。
一方、中課題D、Eの研究内容とその位置付けが不明確で、これまでにテーマの重複があり、また中課題DとEで異なった手法による糖尿病モデルブタの作出が試みられ重複している。これらの中課題は本来の連携性を失ってきており、目的の達成度も低く、また論文公表が極めて悪い。
中間評価時点では、本課題の最終目的から考えると、あくまでも要素技術の確立段階にすぎない。今後、唾液腺幹細胞の大量培養、効率的な肝・膵細胞への分化、クローンブタの糖尿病などへの病態化あるいは遺伝子改変によるトランスジェニック病態クローンブタの生産、分化細胞の移植による病態の回復効果およびその安全性の実証試験など体系的かつ実用的レベルでの研究推進が求められる。このため残りの研究期間で目標達成に向けて実施可能な研究およびその体制に研究費が効果的に投入されることを望む。

(2)中課題別評価

中課題A「唾液腺由来細胞からのクローンブタの作出」
(明治大学農学部 長嶋 比呂志)
研究代表者として、実際に唾液腺由来細胞から高率にクローンブタを作出できる系を確立し、精子ベクター法によりトランスジェニックブタを作出したことは高く評価できる。よい成果を上げ全体を引っ張っているといってよい。体細胞クローン技術の開発では、幹細胞を核供与体として用いると移植後の正常産子への発生率も高く、評価系モデルとして十分数のクローンブタを提供できることが示された。またトランスジェニックブタの作出技術として、精子ベクター法がブタに適用できることが示されたことは大きな前進である。
今後さらなるクローン技術の効率改善の研究をこの中課題単独で進めることにしたのは、残りの研究期間と研究費を考えると適切な判断で、効率的クローン法の研究に集中して欲しい。また、今後クローンの作出に胎仔由来細胞か唾液腺由来幹細胞のいずれを用いるかを決めることが重要である。

中課題B「ブタ内胚葉系幹細胞の供給と肝・膵臓障害モデルの細胞移植治療」
(熊本大学医学薬学研究部 遠藤文夫)

ブタ唾液腺から採取した幹細胞を分離・培養、分化誘導し、効率のよいクローンブタ作出法の確立に貢献した点は評価できる。幹細胞の供給という点では目標を達成している。本成果は、今後養豚業が畜産業のみならず、移植医療モデルとしての実験動物産業へと展開していくためには必須の開発技術の1つと思われる。今後、ブタでの治療効果に十分有効な幹細胞培養系や高効率な分化誘導系の開発を期待したい。
研究成果も質の高い雑誌に公表している点も評価できるが、他の研究費で成された成果も混在しており、今後ブタの幹細胞および移植実験に関する報告、特許など、本プロジェクトに特化した点をもう少し明確化する必要がある。また、ブタ唾液腺幹細胞の樹立目的がクローンブタ作出のためのドナー細胞と考えるよりは、むしろ細胞移植実験のためのドナー細胞としての役割を明らかにする研究に集中させる方がよい。

中課題C「ブタを用いた唾液腺幹細胞自家移植モデルの構築」
(九州沖縄農業研究センター 梶雄次)

ブタ生体から結紮法およびバイオプシーによる非結紮法の両方法で唾液腺幹細胞を取得できることを明らかにした。熊本大で分化誘導された幹細胞由来膵細胞をブタへ移植し、その生着と増殖を確認している。また、糖尿病モデルブタ生産のために、塩化アンモニウムと併用することで薬剤(STZ)によりブタで人為的に糖尿病(高血糖)が誘起できることが示された。実際の細胞移植治療のモデルとしてブタが利用できることを示した本グループの貢献度は極めて高い。
一方、特許と論文が全くないことは、中課題を担うグループとして極めて残念である。特に、開発した唾液腺を採取する方法が新規な方法であれば論文として公表すべきで、薬剤を用いた糖尿病モデルについても公表する必要がある。また、今後技術開発に力点を置くのなら、多くの技術を特許化することを期待する。薬剤による糖尿病モデルに対する細胞移植の効果・安全性の検討を今後の課題として挙げている点は適切といえるので、今後九沖農研ではブタを用いた実用的技術の開発に力点を置いた研究を実施して欲しい。

中課題D「唾液腺細胞由来oligopotent 幹細胞の自己移植による再生治療モデル系の構築」
(福山大学生命工学部 山口泰典)

2年間実施してきたことならびに今後何をするのか、大課題との関係が明確でなく、得られた研究成果はこのプロジェクトにとって必須であったかどうか不明確である。具体的には、肝あるいは膵細胞のみを識別できるモノクローナル抗体の作製、分化細胞のタンパク質発現様式と特性解明のためのプロテオーム解析、遺伝子ノックダウンによる病態モデル動物作製のためのsiRNA 発現ベクター作製とその機能解析の3項目の研究が実施されてきたが、いずれの研究でも特筆すべき成果は得られていない。今後、成果を上げることおよび論文の公表についてもっと努力する必要がある。
この中課題として研究目的と目標を明確化・一本化することが必要で、プロジェクトの目的からは特に幹細胞に対するモノクローナル抗体の作製は重要であり、細胞移植の際の重要な技術となるので、本件に集中して成果を上げることも考えられる。今後2年間プロジェクトの出口に向かって、病態モデルの作出に集中するのか、モノクローナル抗体の作製を発展させるのかを明確にする必要がある。

中課題E「ブタを用いた糖尿病移植治療の評価モデルの確立」
(バイオス医科学研究所 三木敬三郎)

2年間実施してきたことと大課題との関連が不明確で、このプロジェクトにとって必須かどうか不明確な研究成果であり、本中課題のテーマの公表論文もなく努力のあとがみえない。「評価モデルの確立」について今後2年間で達成できるか疑問である。本中課題のこのプロジェクトにおける位置付けとしては、最終目標となる疾患モデルブタの作出に必要な遺伝子コンストラクトの作製作業と考える。遺伝子の絞り込みがマウスからスタートすることはやむを得ないが、マウスで得られているものを論文として公表する努力が欲しい。
疾患モデル動物作製のためのベクター開発に集中し、疾患ターゲットを絞って研究成果を上げることが望ましく、今後2年間プロジェクトの出口に向かって何をするかを明確にする必要がある。