生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2005年度 中間評価結果

植物細胞壁糖鎖の機能解明とその制御

(筑波大学生命環境科学研究科 佐藤 忍)

評価結果概要

(1)全体評価

細胞壁はバイオマスとして、また植物資源の機能改変の戦略ポイントとして、今後ますます重要となる植物構造である。したがって、その構築機構や新規機能開発につながる新規な遺伝子・タンパク質の同定とその機能解明は、農林水産業・食品産業などの生物系特定産業に寄与するところが大きい。植物細胞壁糖鎖の代謝や機能は未知な点が多く、近年になってやっと重要な新知見が集積されつつある。本研究課題は分子生物学・生化学的手法を組み合わせて細胞壁糖鎖の機能解析を進める"有用品種・新品種作出の基盤研究"であり、国内から科学的価値の高い情報発信が求められており、研究進展への期待は大きい。
総合的に見て、本研究は進捗状況はほぼ計画通りといえる。また研究成果は、濃淡はあるものの、一定の成果が出ている。ただし、情報発信という観点ではその責任を十分果たしているとは言い難いところがある。また、本研究課題の中課題間の連携や研究代表者の指導性という意味では不満が残る。その中で、科学的には重要で興味深い新たな成果も出ていることは、評価できるものである。
こうした点を考えると、本研究課題は、植物細胞壁、特にペクチン、の合成に関わる遺伝子群を新しいスクリーニング法によって探索し、その遺伝子機能を解明しているところに新規性や特徴があると考えられる。また、ある種の糖鎖分解酵素の抑制が植物の生長を促進するという発見は、実用的な観点からは興味深い知見ではある。ただし、こうした2つの方向の研究成果をどうまとめていくのかという独自の視点が見あたらないのが気になるところである。本研究の折り返し点に当たって、改めて本研究では何を目指すのかを再検討し、それに向かって研究代表者が指導性を発揮してほしい。

(2)中課題別評価

中課題A「植物細胞の成長制御機構の解明」
(京都大学・生存圏研究所 林 隆久)

中間評価時の到達目標と比べて、各種糖鎖分解遺伝子の導入による形質転換体の作出と糖鎖機能解析、引張あて材形成と糖鎖の関係解析等が予定どおり進行している。導入遺伝子の活性発現と組織内での糖鎖構造の変化も調べられており、成果が挙がっている。一部の形質転換体作出、引張あて材の組織構造・微細構造解析が遅れているが、中課題全体は順調に進行している。キシログルカナーゼ過剰発現ポプラの解析結果は評価できる。形質転換ポプラの国内野外試験、海外への波及という実用化に向けた意欲的な取り組みが予定されている。研究全体の目標である作物や林木の有用品種・新品種作出への大きな貢献が期待できる。
しかし、それを科学的な見地から深めていく方策については、まだ十分とは言えない。形質転換植物体内での外来遺伝子の発現場所の解析、導入した酵素活性の組織内分布、組織内の細胞壁の構造の変改などを系統立てて解析することが、本中課題研究の達成にはまず必要と思われる。残された研究期間でこれらの課題を達成するには、周到な研究計画と現在の分散した研究の整理が必要である。また、成果は何らかの形で還元できるような研究成果の取りまとめが必要である。

中課題B「植物の細胞接着機構の解明」
(筑波大学・生命環境科学研究科 佐藤 忍)

本課題では、研究開始時にすでに単離されていたGUT1遺伝子がコードしている酵素の機能解明がテーマの一つとなっている。その後に単離されたLARA1、 LRR-EXTENSINはいわゆる多糖のグルコシド結合の転移や加水分解そのものには直接関与しないことを明らかにしている。したがって、現在、遺伝子を解析中の変異体nlac-30, shoolac1-7についても同様のことが期待でき、従来の酵素とは異なる細胞壁に関する新規な機能タンパク質の同定が期待される。これらの成果は、細胞壁機能に関する新たな研究領域展開の可能性を示す点で非常に重要な発見であると言える。
総合的に見れば、この課題が本研究の中心となるはずに思える。その意味ではこれまでの所では潜在的な成果はあるものの、高い総合的な評価を与えるのは難しい。代表者としての課題として、終了時にはきわめて大きな成果が得られたと評価されるように、努力してほしい。特に、論文による成果の発信はこの課題が担っていることは、十分理解してほしいところである。
全体として中課題Bは独創性と科学的波及効果という点で質の高い研究シードおよび未完成成果を多数上げつつある。しかし、限られた期間内でこれらの研究シードすべてについて、同じ比重で遺伝子単離および遺伝子産物の機能解析を進めることは現実的ではない。研究テーマを整理し、重要なテーマに集中しながら、その成果をできるだけ早く論文として発信することが期待される。

中課題C「細胞壁マトリックス糖鎖の構造と生合成機構の解明」
(森林総合研究所・樹木化学領域 石井 忠)

本中課題は、マトリックス多糖の合成に関わる糖転移反応系の構築およびそれを用いた新規遺伝子産物の生化学的機能の実証を目指したもので、本課題の推進において特異な役割を担っていると言える。蛍光標識したオリゴ糖を用いる転移反応系そのものは新規なアイデアではないが、その反応産物を機器分析により同定する技術と合わせることにより、独自の研究手法を作り上げている。また、アラビナン生合成系過程の解明を目指した反応過程の解析を通して、中課題Bとの連携を目指す努力が見られる。さらに多糖の機器分析においては、中課題Bへの貢献が大きい。
L-アラビノース転移酵素の関しては新規な成果が挙がっており、本分野の研究進展に貢献している。また課題Bとの共同研究・サポートの面でも貢献している。課題B同様、ペクチンに関する研究の進展で有用品種・新品種作出の基盤研究として成果が挙がることが期待できる。