生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2005年度 中間評価結果

染色体断片群の導入によるコシヒカリの複数有用形質の同時改良

((独)農業生物資源研究所 石丸 健)

評価結果概要

本計画では戻交雑法とDNAマーカー選抜育種(以下MAS)を併用してインディカ品種カサラスの染色体断片をコシヒカリに導入し、コシヒカリの特性を強化して"スーパーコシヒカリ"を育成することを目標としている。
提案者はこの方法を"イレージング法"と名付け、有用な遺伝子系統を選抜するとともに劣悪形質の遺伝子が座乗する染色体領域を除去する手法を確立するための新規な技術であると主張しているが、これは基本的に「染色体断片組換置換系統」を育成する方法と異ならない。なお、染色体断片置換系統群などを用いて新しく有用なQTLsを発掘するということには多くの研究者が取り組んでおり、新規性はあまりない。 特に、複数形質をDNAマーカーを用いて同時に改良しようとする試み自体は新しいものの、提案書に謳われ成果報告書等にも随所に散見される「"スーパーコシヒカリ"を育成する」という表現から見て、もし、提案者が同質遺伝子系統として選抜することを意図しているとすればこの方法では不適当である。
なぜなら、遺伝的に同質性を保証するためには、ドナーに由来する染色体領域を狭めるか、遺伝的に同質性を保証できない場合は、戻し交配の回数と表現形質での類似性を示す必要があるが、これまでに選抜された系統はそうではない。複数形質のそれぞれの染色体領域を狭めるためには、大規模な集団で選抜する必要があるが、現実的ではないと考えられる。
また、材料を育成する手間を省くために、既存のコシヒカリとカサラスの戻交雑系統群を供試しているが、コシヒカリの特性、とくに、いもち病に弱い欠点を改善する上でカサラスが最適であるとは考えられず、材料の選定には疑問がある。
さらに、従来の育種は単一の形質の改善を目指していたと述べたり、育種の現場では常法となっている耐倒伏性の評価方法(押し倒し法)を新規な方法であると述べるなど、実際の育種を十分に理解しているとは思えないふしがある。
プロジェクトの成果として"スーパーコシヒカリ"の品種登録を目指しているようだが、前記のように、導入された染色体断片の大きさはコシヒカリの同質遺伝子系統と認めるには大きすぎる可能性がある一方、同質遺伝子系統でないのであれば、今回選抜された系統より優れたものは他にいくらでも育成されており、十分な特性評価(気象条件や栽培環境に対する適応性など)を繰り返さなければ品種として登録するべきではない。
収量は極めて複雑な複合形質であり、関与する遺伝的要因も複雑であると考えられる。さらに、それらの遺伝的要因は相互にエピスタティックな関係にあり、また、環境要因との相互作用も大きいから、単純に集積(ピラミダイズ)しても多収になるとは限らない。
当初予定していなかった成果が多数得られたことになっているが、短い実施期間でこれほどの見込み違いが出るのは、当初計画の検討が不十分だったという見方も出来る。
全体的に新しい手法に溺れて日本の「稲学」の高い水準に追いついていないと言う印象を受ける。
さらに言えば、例えば、変異の給源がカサラスだけであること、新しい育種法といわれるイレージングがMASそのものであること、SNPsのコストが高いことから普遍的な選抜マーカーになりうるかどうかは甚だ疑問であること、新品種育成には用いた材料のオリジナリティーを有する人との権利関係を明確にする必要があること等提案者が本課題の大前提そのものにどのような大きな意義を見いだしているのかの論点もあろう。
ただ、複数形質を同時に改良する(本来の育種はそうであるが)ためにDNAマーカーやBILsを用いる試みはそれなりに意義もあるものと考えられ、その限りに於いてはほぼ当初の実験計画通りの進捗と見ることもできよう。