生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2006年度 中間評価結果

ネムリユスリカの極限環境に対する耐性の分子機構の解明

(独立行政法人 農業生物資源研究所 奥田 隆)

評価結果概要

(1)全体評価

本研究は、ネムリユスリカ幼虫の有する乾燥耐性(クリプトビオシス)について、分子生物学面と物理化学面から解析し、その分子機構を解明することを目的とした。これまでに、トレハロースとLEAタンパク質を分子レベルで調べ、従来同定されていなかったトレハローストランスポーターの単離に成功し詳細な生化学データを得たこと、生体成分保護分子の1つと考えられるLEAタンパク質を新たに見いだし、動物に特徴的なLEAタンパク質のモチーフ配列を決定したこと、トレハロースの含量の多寡や加水によるクリプトビオシス成功率の相関を、分光学的測定と熱測定法により解明したこと、などの成果を挙げている。これらの成果は、ネムリユスリカの乾燥耐性獲得に必要な機能性タンパク質遺伝子の同定とそれらの発現などにより、クリプトビオシスの機構に対する一応の説明を与えた。乾燥に至る細胞の微細構造観察など一部未達成部分が残されているものの、中間評価時点の到達目標に概ね達していると評価される。未達成部分を修正し今後の研究成果に広がりと厚みを与えるために、研究計画を一部見直すとともに、中課題間の更なる連携や原著論文発表への一層の努力が期待される。

(2)中課題別評価

中課題A「ネムリユスリカのクリプトビオシスの分子機構の解明
(独立行政法人 農業生物資源研究所 奥田 隆)

本中課題では、現象的なレベルでのネムリユスリカの乾燥耐性について検討し、乾燥耐性はこの虫の細胞が持つ特性であり、遺伝基質に依っていることを示して。耐性誘導に関連する複数の遺伝子の同定や機能解析も進んでいる。網羅的解析に依る関連遺伝子を解析したが、これらが乾燥耐性にとって必須であるかどうかは未解明である。乾燥耐性に関わる機能性タンパク質については、トレハロース合成酵素、トレハローストランスポーター、LEAタンパク質、アクアポリンなどを同定したが、特に、トレハローストランスポーターの単離の成功は、到達目標の1つであり評価される。網羅的解析に基づく個々の遺伝子がどの程度乾燥耐性に貢献しているのかの解明や、特徴的機能性タンパク質がクリプトビオシス誘導時にどのように働くか、その詳細とこれらの制御機構に関する研究が今後の課題である。

中課題B「ネムリユスリカのクリプトビオシスの物理化学的研究」
(東京工業大学バイオ研究基盤支援総合センター 櫻井 実)

本中課題は、分子レベル、原子レベルの内容を含んでおり、奥田チームの示した現象の物理化学的根拠を示すというのが役割である。ここではその土台となる研究として意義のある成果を挙げており、クリプトビオシスにおけるトレハロースの役割を生体膜モデル系について説明した。FTIRやNMRなどの手法を用い、従来提案されていたトレハロースの「ガラス化説」と「水置換説」の双方が、含水率の変化に伴い連続的に起こる可能性について、実験・計算の両面から実証した。他の糖にないトレハロースの特性を示し、乾燥耐性におけるトレハロースの重要性と優位性をきちんと示している点、特にトレハロースのガラス化と水置換に具体的な根拠を示したことは評価される。しかし、トレハロースが脱水につれてどのようにガラス状態になるのかについてのイメージは作られておらず、その解明には生物現象の時間的推移に沿った物理化学的計測が必須であり、このため奥田チームとの連携をさらに密にする必要がある。