生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2006年度 中間評価結果

分子生物学の新しいモデル生物としてのミツバチの開発と利用

(東京大学 久保 健雄)

評価結果概要

人間は社会性動物であり言語をもつ。これらは何らかの特定遺伝子に支配されているのだろうか。それ自体遺伝子の操作で制御できるのだろうか。このことを明らかにする研究はヒトではできないかもしれないし、許されないかもしれない。またヒトで研究しても分からないかもしれない。この研究は、高度に組織された社会を構築し、優れた学習・記憶能力・ダンス言語を持つミツバチを材料に選び、その特異な性質がどのような分子・細胞レベルの機構に基づくのかを解明しようとするものである。単に学習・記憶の機構の解明のためであれば、マウス、ショウジョウバエなどの確立したモデル生物を用いる研究が明らかに有利である。本プロジェクトの意義は、ミツバチをモデル生物として用いその固有の機能や能力を解明することから"普通のアプローチ"によっては得られない何かを掴むことができる。そういう点で、この研究は価値があると思う。
一方、このグループがミツバチだけにこだわらず、モデル生物であるマウスや線虫との共通性の探索、あるいは比較生物学へと展開する、生物学へのgeneral な貢献を視野に、広く発展性を持たせようとする研究スタイルは、好ましく感じられる。このスタイルと視点は、ミツバチをモデル動物として確立することを目的とした本プロジェクトにおいても重要である。
この研究では、5つの課題を設定し、それらを平行して進める手法をとってきた。その結果、成果内容が分散的で、全体を通じて統一されたストーリーの完結に至ってはいないものの、その多くが新規性の高い優れた内容になっていることを評価したい。
具体的には、オプティカルフローによって吻伸展反射を惹起する連合学習系が確立されたこと、Kakuseiをレポーター代わりに用いて採餌蜂限定的に小型ケニヨン細胞の興奮が確認されたこと、ここで特異的に発現する多くの遺伝子をとらえていること、採餌蜂を特徴づける脳内分子マーカーとしてHr38が同定され、エクダイソンシグナル系の関与が示唆されたこと、働き蜂の納キノコ体にはJHDKが、また女王蜂の脳にはαクラスタリンなどが、ptefenentiallに発現することを明らかにしたこと、などが評価される。これらは今後の研究を展開する上で土台となる成果である。
一方、鍵となると考えられたKakuseiウイルスやKakugoにしても、まだ機能の解明には至っていないし、攻撃蜂とKakugoの感染との因果性の証明には至っておらず、学習に関連する遺伝子は同定できなかった。その後同定された遺伝子にしてもいずれも今後の解析に委ねられている。多くの成果があるにもかかわらずプロジェクトの開始前と比較しても質的に一段高いレベルの域に手がかかったことを納得させるような決定的な成果ではない。この事業プロジェクトの残された期間で、ブレイクスルーになるような結果を出してほしい。クリアーしなければならない要因は多いと思われるが、この研究グループのモチベーションの高さから、それができる研究者集団であると思っている。そういう意味で期待を込めて厳しい評価点をつけた。