生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2006年度 中間評価結果

マダニの生存戦略と原虫媒介のinterfaceに関する分子基盤の解明

評価結果概要

(1)全体評価

原虫感染は高等動物にとって生存上極めて大きな悪影響を及ぼすものと考えられ、例えばアフリカを起源とする哺乳類の種の多くが高緯度地帯に分布して行った背景には、「原虫感染を免れるため」とする目的論的解釈が信じられている。原虫感染には一般に節足動物が「終宿主」として存在するが、この終宿主とある程度「折り合って」生存を続けることが原虫の生き残り戦略として重要である。
原虫感染を生物学的に免れるためには、これら宿主(特に終宿主)と原虫の関係を遺伝子レベルで解明することが重要であることは従来から指摘されていたが、必ずしもそのような成果は十分とはいえない状況であった。
本研究は終宿主として重要な地位にあるマダニ(フタトゲチマダニ)を対象に、分子生物学的解析アプローチの基礎となるゲノム情報を独自に短期間に集積し、これを基にマイクロアレイ、RNAi法などを展開することによって、原虫感染に関わる高度の生物学的研究が開始されたことは評価に値する。これまで得られた成果、あるいは萌芽的成果を意図的に応用研究領域に展開すれば、原虫感染の制御という観点から、十分に「生物系特定産業」への貢献も期待できる。

(2)中課題別評価

中課題A「マダニの吸血・消化と媒介原虫のクロストークの解明」
(帯広畜産大学原虫病研究センター 藤崎 幸蔵)

マダニのcDNAライブラリーの構築およびESTデータベースの作製は特筆すべき成果である。またESTデータベースを用いた網羅的解析により、マダニ中腸におけるヘモグロビン分解経路の解明および吸血、消化にかかわるTBMの解析に評価できる成果が得られている。今後、様々なダニ生理機構に関わるTBMの解析により新規循環、排泄等に関連する新規創薬候補の情報が得られ、また様々な感染症のベクターとして重要な吸血性無脊椎動物の生理学に関わる情報が得られVector-born disease の制圧に有効な情報が得られる可能性が高い。
多彩な生物作用を的確に遺伝子レベルで解明していることが評価される。宿主血液の吸血、消化などはマラリア原虫とのアナロジーもあり、これまでにも幾つかの新規な発見と、独創的なメカニズムの提案がされており、純学問的にも大いに興味を惹かれる所である。

中課題B「マダニの自然免疫と媒介昆虫のクロストークの解明」
((独)農研機構 動物衛生研究所 辻 尚利)

マダニにおけるRNAi法の確立は特筆すべき成果である。今後マダニにおけるのみならず、広く無脊椎動物における技術として応用可能であれば有力な生物学的解析技術となるであろう。さらにロンギパイン、ガレクチンなどTBMの解析に評価できる成果が得られている。In vitro及びin vivoにおける自然免疫関連TBMの機能の解明を推進することによりマダニワクチンおよび抗マダニ剤の開発に結びつく成果が期待できる。さらにバベシア症におけるこれら自然免疫関連TBMの役割を解析することにより、バベシア症に有効な薬剤、ワクチンの開発、および広く抗菌製剤の開発に結びつく成果が期待できる。
「自然免疫」関連では先行研究も多く、ともすれば「先行研究の空き時間を埋める研究」が主体になりがちであるが、研究計画の最終目標はマダニバベシア症の防圧で、本中課題にあってはマダニを遺伝的に改変して原虫に対する抵抗性を付与するという"Vector immunology"をも提案しているところであり、研究対象の集中化が望まれる。