生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2007年度 中間評価結果

環境保全型農業における生産性向上を目指した窒素利用効率を司る分子機構の解明

(東京大学大学院農学生命科学研究科 大杉 立)

評価結果概要

(1)全体評価

本研究は,経済的・環境的負荷を強いる20世紀型の多施肥農業から,今世紀の新たな価値観に基づく持続的農業への転換を図るための作物育種の基本原理を提供しようとする点で時宜を得たものであり,近未来の作物生産や環境保全の観点からもその意義は大きい。
窒素利用効率の向上が主目的であるのに対し、中課題Aにおいては、窒素や炭素の吸収やフラックスなど、既にこれまでに解析すべき基本的なデータが無い現状には、大きな問題がある。隔離圃場での評価・レーザーマイクロダイセクション・メタボローム解析など、斬新な研究手法を取り入れることは重要ではあるが、それだけでは基本がおろそかになり、成果の公表までには結びつきにくい。また成果が比較的あがっている中課題Bにおいても、イネにおける硝酸応答の位置づけや環境保全型農業におけるシロイヌナズナの位置づけが不十分であり、本プロジェクト全体の目的を希薄にしている。更に中課題Cにおいても、期間内に成果の公表ができない可能性もあり、目的に沿った新たな視点を取り入れる必要があるかもしれない。
現状打破のための根本施策として,研究の加速化に向けて相当の努力が求められる。
全体としては研究成果の発表が低調であり、これも準備不足を物語っている。中課題相互の連携を云々する段階には至っておらず、今後の研究の進展が待たれる。

(2)中課題別評価

中課題A「高窒素利用効率関連遺伝子を導入したバレイショ及びイネの解析」
(東京大学大学院農学生命科学研究科 大杉 立)

研究の進捗状況,研究成果,情報発信のいずれにおいても低調である。特に形質転換作物に関して十分な解析と遺伝子導入効果の評価が行われておらず,その成果が一定の水準に達していない点と,本プロジェクトにおいておそらく最も注目されているであろう隔離圃場試験が未だ実施されていない事実は,当該中課題のみならず研究全体の進捗が遅れている決定的な要因となっている。
窒素施与量に対する反応の評価がうまく行っていない。当初計画されていた炭水化物の生産・蓄積に関する研究成果も現段階では提示されていない。また、イネとバレイショのデータベースもバレイショに関してはギブアップと見られるなど、終了時の達成目標も見直されるかも知れない。
NADPH-GDHに着目した背景や、分枝の増大がNADPH-GDHの高発現によることを、導入遺伝子の破壊などで証明する実験を加え、慎重に論議すべきである。比較的多くの試料を必要とする一次代謝産物のメタボロミクス解析から何を期待しているのか、複雑な代謝のコンパートメンテーションを考えると、理解しにくい。器官や組織全体の代謝産物プール測定の位置づけを十分に考えて欲しい。また炭素とのクロストークに関しての情報が、非常に少ない。
遺伝子・代謝ネットワークの概要を明らかにする研究についても,具体的な成果は出ていない。本プロジェクトの成否は,その中核を担う当該中課題の進捗に大きく左右されると云っても過言ではなく、また研究チーム全体の志気にもかかわる問題でもあるので、可能な限り早期に研究の充実化を図り、評価項目にかかる課題を改善してもらいたい。

中課題B「窒素利用効率を司る制御因子の検索」
(東京大学大学院農学生命科学研究科 柳澤 修一)

研究の進捗状況,研究成果,情報発信のいずれにおいても,概ね良好な状況にある。
中間時達成目標である窒素利用効率の制御因子の候補遺伝子をイネより単離したこと、またC/Nセンシングに関わるシロイヌナズナ遺伝子を同定したことは、一定の評価に値する。窒素利用効率を司る転写制御因子に着目した手堅い研究で、今後はモデル植物から産業植物(作物)への展開、また現場的には硝酸態窒素に対する反応よりも重要なアンモニア態窒素に対する反応への展開などが期待される。
転写因子に着目した窒素応答のトランスクリプトーム解析は順調に進んでいると判断できるが、着目した転写因子の標的遺伝子の探索法について、具体的な方策を示す必要がある。C/Nバランスを検知するシステムの研究は、今後重要かつ独創性のある研究に発展することが期待できる。E3の標的を探す具体的な方策も必要である。
分子遺伝学的アプローチにより,シロイヌナズナにおいて制御因子候補の同定に至らなかった点は惜しまれる。基礎的側面において研究価値の高い成果が期待できる中課題であり、今後さらなる進展が図られるとともに,成果を当該分野においてレベルの高い学術雑誌に公表していくことが期待される。

中課題C「窒素利用効率の遺伝解析」
(東京大学大学院農学生命科学研究科 根本 圭介)

上記の二つの中課題とは異なり、遺伝学的アプローチにより窒素利用効率に関わるイネQTLの同定を行っている。研究の進捗状況は一部に重大な遅滞があり、その結果、実質的に中間時到達目標を満たしたのは三つの小項目のうちの一つのみである。窒素利用効率・吸収能力にかかるQTLや、窒素環境応答にかかるQTLの同定には至っていないが、その一因は不測の事態に加えて研究計画(窒素含量測定)にかかる見通しの甘さにあり、後者については早急な抜本的解決が望まれる。
ヘテロシスの遺伝的メカニズムが超優性ではなく、複数の遺伝要因の集積によるらしいことが分かったのは前進だが、これが普遍的な事実なのか「熱研1号×ガヤ」における特殊な事例なのかは検証されなければならない。いずれにしても現状はポットや模擬水田におけるモデル的な試験であって、圃場規模の信頼性の高い収量試験とはほど遠いので、早計な結論を出すことは禁物である。
QTLを染色体上にマッピングできた所からスタートであり、原因遺伝子の特定を目指すための具体的な方策が欲しい。雑種強勢に関わるQTLの同定は順調に進行しており、ヘテロシス効果が自殖品種に固定化できることを示したこと、また低窒素適応品種の育種展開を図るうえで有用な遺伝情報をもたらした点で重要な成果といえる。