生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2007年度 中間評価結果

酵素デザインを活用したミルクオリゴ糖の実用的生産技術の開発

(独立行政法人 食品総合研究所 北岡 本光)

評価結果概要

(1)全体評価

ヒト母乳中に含まれるミルクオリゴ糖は、ビフィズス菌寡占の腸内細菌叢を形成させることにより、乳児の感染防御などに機能を発揮する。しかし、母乳中に含まれる130種類以上のミルクオリゴ糖のどの成分がどのような機構でビフィズス菌の増殖定着に関与しているかは明確でなかった。したがって、これまでミルクオリゴ糖の食品用途に使用しうる製造法は皆無であった。本研究は、研究代表者北岡らがこの解明に深く関わるLNBP(ラクト-N-ビオースホスホリラーゼ)の遺伝子をビフィズス菌(B.longum)に見出したことに端を発し、ビフィズス菌のミルクオリゴ糖代謝機構の解明と、ミルクオリゴ糖に含まれるbifidus factorとしてのLNB(ラクト-N-ビオース)の実用的生産を計画したものである。本研究者らは、ミルクオリゴ糖に含まれる構成単位二糖であるLNB(ラクト-N-ビオース)が、母乳育児の新生児の腸内で、ビフィズス菌が増殖するには必要な糖であることを明らかにし、更にミルクオリゴ糖の食品への応用を図るため、コストおよび安全性の両面から酵素法によるミルクオリゴ糖の生産系の開発を目的とした。
これまでの研究で、中課題Aはラクト-N-ビオースの酵素合成による大量生産技術を確立し、中課題Bは、ビフィズス菌由来のミルクオリゴ糖代謝に関連する酵素の立体構造解析を行った。さらに中課題Cは、ミルクオリゴ糖代謝酵素の取得およびミルクオリゴ糖のビフィズス菌による代謝機構新知見を得た。これらの成果は、長年にわたり不明とされてきたいわゆるbifidus factorの実体を明らかにしたものであり、科学的にも実用的にもきわめて大きな価値がある。グループ間の連携も適切に行われており、分担体制も整合性がとれている。今後の研究においては、特にビフィズス菌の、人との相互作用の基本となる宿主腸管内での生育/定着機構を解明することと、コア二糖の生産の更なる効率化と四糖の実用的な生産について全力を尽くしてほしい。

(2)中課題別評価

中課題A「ホスホリラーゼ工学によるミルクオリゴ糖製造技術の開発」
(独立行政法人 食品総合研究所 北岡 本光)

本研究は、B.longumのガラクトース/N-アセチルヘキソサミン代謝経路を基盤としたミルクオリゴ糖代謝酵素に関する基礎的知見をもとに、全てビフィズス菌由来の酵素の組合せによる、安価な原料からLNB(ラクト-N-ビオース)の現実的な大量生産法を確立し、バイオリアクターによる合理化にも成功した。これにより粉ミルクの成分改善が近い将来可能になるものと予想され、国民生活への波及効果は大きい。今後バイオリアクターによるLNB製法の徹底的な効率化を図ることと、ミルクオリゴ四糖LNT(ラクト-N-テトラオース)あるいはシアル化LNTの実用的製造法の確立が望まれる。

中課題B「ミルクオリゴ糖代謝関連酵素の立体構造解析と改変酵素の分子設計」
(東京大学大学院農学生命科学研究科 伏信 進矢)

本研究は、ミルクオリゴ糖分解合成酵素に関連する酵素の結晶構造解析と、それに基づく酵素の分子設計と機能改変による目的酵素の作出である。
前者については、LNBP(ラクト-N-ビオースホスホリラーゼ)、セロビオースホスホリラーゼ、ラミナリビオースホスホリラーゼ、GL-BP(GNB・LNB結合タンパク質)の結晶化と立体構造の解明などに成功し、多くの酵素についてPDB(タンパク質データベース)の登録を行うなど目標を超える成果を得た。特に本課題の中心的重要酵素であるLNBPの結晶化と立体構造の解明は重要な成果である。後者については、セロビオースホスホリラーゼのラクトースホスホリラーゼへの変異改変に挑戦し、酵素活性の上昇した変異体を得ている。今後の研究では、ミルクオリゴ四糖の酵素合成法の開発に資するLNBaseの結晶構造解析や、場合によっては合成能を向上させる分子設計/酵素改変が重要項目である。またシアル化LNT合成のために、新たに発見されたシアリダーゼについても構造解析が望まれる。

中課題C「ミルクオリゴ糖を分解するビフィズス菌由来の酵素の探索と応用」
(京都大学大学院生命科学研究科 山本 憲二/石川県立大学生物資源工学研究科 片山 高嶺)

本研究は、ビフィズス菌のミルクオリゴ糖の資化に必須の酵素群と、ミルクオリゴ糖の菌体外および細胞表層(トランスポート)での分解経路を明らかにし、その知見にもとづいてビフィズス菌の腸管内での増殖との関連を明らかにし、ビフィズス菌に特異的なプレバイオテックス(腸内で有益な細菌を特異的に増殖させる機能をもつ食品素材)の開発につなげることを目標にしている。
これまで、ミルクオリゴ糖代謝経路については多くの知見が得られており、研究の進捗は著しい。すなわち、ビフィズス菌のミルクオリゴ糖代謝関連酵素の探索で新規の酵素(ラクト-N-ビオシダーゼ、2種のシアリダーゼ、GL-BP)を発見し、ビフィズス菌によるミルクオリゴ糖やムチン糖タンパク質の糖質部分(Galβ1-3GalNAc)の代謝系を明らかにした。いずれも学術的に高く評価できる成果である。
またLNBトランスポーター遺伝子群をB.longumで発現させ、LNB輸送活性を確認し、GL-BP(結合タンパク質)がLNBのみならずGNB(ガラクト-N-ビオース)をも基質にすることを明らかにした。また、LNBの腸内細菌への利用性を調べ、ビフィズス菌に対する特異性も明らかにした。
今後の研究において、LNBaseやLNBP、シアリダーゼ、GL-BP遺伝子等の、各種ビフィズス菌種その他の主要腸内細菌のゲノム上での有無を明らかにすることも重要と思われる。また速やかな論文発表を期待する。