研究項目及び実施体制
- 食の機能性向上のための味覚情報の伝達・認知機構に関する分子生物学的研究
(◎日野明寛/独立行政法人食品総合研究所) - 遺伝的変異マウスを利用した味覚情報の伝達・認知機構の生理・生化学的及び行動学的研究
(二ノ宮裕三/九州大学大学院歯学研究院)
研究の目的
味覚は生体のホメオスタシスの維持に深く関与していることが知られているが、味覚と生理機能の相互作用については分子レベルでの解明は殆どなされていない。本研究では、味覚入力における味細胞と脳神経系の情報伝達やその応答特異性を分子・細胞レベルで解析し、生理調節機能という出力としての味覚応答を行動学的及び生理学的現象としてとらえることで、味覚による生体の生理調節機序を解明することを目的としている。
研究の内容
- マウス有郭乳頭で発現する遺伝子を網羅的に含む味覚DNAチップの開発を行うとともに、味受容に変異のあるマウス等を利用して新規味覚関連遺伝子の探索を行った。
- マウス味細胞の分化・維持の分子レベルの解析を進め、舌上皮から細胞株の樹立を試みた。
- 神経切断後の神経再生過程における行動応答、神経応答さらには味受容関連分子の再発現とそれらの連関を解析した。
- 飽食ホルモンであるレプチンの味覚修飾効果と食物依存性の唾液タンパク質の合成誘導システムについて解析した。
主要な成果
- 新規の甘味受容体T1r3のクローニングに成功し乳頭間で発現様式が異なることを見出すとともに、味覚情報伝達に関与すると考えられる遺伝子を複数明らかにした。またT1r3-KOマウスの味応答の解析から甘味受容体が複数存在することを明らかにした。
- 味蕾の維持には分化増殖因子であるShh-Ptc系が関与することを明らかにし、味覚関連遺伝子を発現する舌上皮由来の細胞株KT-1を樹立した。
- 味細胞と味神経は互いに選択的にシナプスを形成しており、味細胞のターンオーバーに際しても脳に伝える味覚情報が大きく変化することなく維持されることを明らかにした。
- レプチンは味細胞に存在する受容体を介して甘味を特異的に抑制すること、またヒトにおいても血清レプチン濃度は甘味閾値と相関すること、さらに食物の摂取により特定の唾液タンパク質が誘導され、栄養効率の改善に働くことを明確にし、これら味覚情報を介した食調節系の存在を明らかにした。
見込まれる波及効果
本研究で同定された味受容関連遺伝子や樹立した培養細胞株は、新規味物質などの物質の探索に利用でき、分子・細胞機能に基づく食品の味や機能の設計基盤となる。また、明らかにされた味覚と生理機能調節の関係は、生活習慣病患者が増加しつつある社会に向けて健全な食生活を提示するばかりでなく、この調節機構を利用した医食境界領域における新食品産業の創出へつながる。
主な発表論文
- Kitagawa M., et al. : Molecular genetic identification of a candidate receptor gene for sweet taste : Biochem Biophys Res Commun.,283:236-242 (2001)
- Kim M., et.al. : Regional expression patterns of taste receptors and gustducin in the mouse tongue : Biochem Biophys Res Commun.,12:500-506 (2003)
- Kawai K., et al. : Leptin as a modulator of sweet taste sensitivities in mice : Proc. Natl Acad. Sci. USA, 97: 11044-11049 (2000)
- Yasumatsu K., et al. : Recovery of amiloride-sensitive neural coding during regeneration of the gustatory nerve: Behavioral-neural correlation of salt taste discrimination : J. Neurosci., 23: 4362-4368( 2003)
- Damak S., et al. : Detection of sweet and umami taste in the absence of taste receptor T1r3 : Science,301: 850-853 (2003)