研究の目的
シロアリはその被害規模と駆除の困難さから、人類にとって最も厄介な害虫の一つである。加害された木材の外側から大量に薬剤を投入して殺虫する既存の駆除技術は、多額の費用がかかり、シックハウス症候群などの健康被害や環境汚染につながる。シロアリの職蟻は女王の産んだ卵を育室に運搬して世話をする習性をもつ。シロアリの卵に物理的・化学的に巧みに擬態して巣内に寄生する菌類を発見した。この卵擬態メカニズムに基づいて、シロアリの卵を模した基材に卵認識物質を塗布することによって、巣の生殖中枢に効率的に殺虫活性化合物を導入することができ、一般家庭でも簡便にシロアリを駆除することが可能となる。この画期的駆除技術を実現するため、シロアリの卵認識フェロモンを特定し、シロアリの卵認識メカニズムの全貌を解明する。
研究項目及び実施体制(◎は研究代表者)
- シロアリの卵認識物質の化学分析
(◎松浦 健二/岡山大学大学院環境学研究科・田村 隆/岡山大学農学部微生物遺伝子化学研究室) - 卵擬態菌核菌の単離培養およびrRNA遺伝子分析
(◎松浦 健二/岡山大学大学院自然科学研究科) - 擬似卵駆除剤のフィールド評価
(◎松浦 健二/岡山大学大学院自然科学研究科)
研究の内容及び主要成果
- シロアリの卵認識フェロモン成分が唾液と卵に共通して含まれる抗菌タンパク質のリゾチームと、セルロース分解酵素の一つβ-グルコシダーゼであることを世界で初めて突き止めた。
- 卵擬態菌核菌の巧みな化学的・物理的擬態のメカニズムを解明し、また、分布と系統関係、伝播経路についても解明した。
- 卵認識メカニズムのデータを基に作製した人工擬似卵をシロアリの巣内に導入することに成功し、殺虫活性物質をコートして卵塊中に運搬させ、グルーミングを介して殺虫成分を取り込ませることにも成功した。
見込まれる波及効果
本駆除技術は、シロアリの卵運搬・保護という強力な本能行動を利用するというオリジナルの原理に基づいた全く新しい駆除技術であり、きわめて効果的にコロニーの中枢を破壊できる。擬似卵に殺虫活性物質を含ませてシロアリ自らに生殖中枢へと運搬させることにより、駆除にかかる労力を大幅に削減でき、駆除に必要な薬剤の量が微量で済むため、一般消費者でも安心して使用できる製品が実現する。安全性、駆除効果、環境への配慮、駆除コストの全てにおいて既存の殺虫剤散布やベイト法などの駆除技術よりも優れており、既存の駆除技術を刷新するだけでなく、一般家庭向けの実効性のあるシロアリ駆除剤として、新たな市場を創出する。
主な発表論文
- Matsuura, K: Termite-egg mimicry by a sclerotium-forming fungus. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences 273: 1203-1209 (2006)
- Matsuura, K., Kobayashi, N., Yashiro, T.: Seasonal pattern of egg production in field colonies of the termiteReticulitermes speratus (Isoptera: Rhinotermitidae). Population Ecology 49: 179-183 (2007)
- Yashiro, T., Matsuura, K. : Distribution and phylogenetic analysis of the termite-egg mimicking fungi "termite balls" in Reticulitermes termites. Annals of the Entomological Society of America 100: 532-538 (2007)
- Matsuura, K., et al.: The antibacterial protein lysozyme identified as the termite egg recognition pheromone. PLoS ONE 2: e813. doi:10.1371/journal.pone.0000813 (2007)
- Matsuura, K., et al. : Cuckoo fungus mimics termite eggs by producing the cellulose-digesting enzyme beta-glucosidase. Current Biology 19: 30-36 (2009)
研究のイメージ
