プレスリリース
シロアリの女王フェロモンの特定に世界で初めて成功ー新たなシロアリ駆除技術の開発に貢献ー

情報公開日:2010年7月 6日 (火曜日)

ポイント

  • シロアリの女王フェロモンの特定と人工フェロモンによる新女王の出現の阻止に成功
  • 本研究成果を利用して、新たなシロアリ駆除技術の開発を推進

概要

  • 松浦健二(岡山大学大学院環境学研究科准教授)らの研究グループは、シロアリの社会生態を解明する上で最も重要な化学物質である女王フェロモンの特定に挑戦し、多量の女王採集と化学分析、独自に開発した生物活性試験により、その成分が2つの揮発性物質2-メチル1-ブタノールとn-ブチルn-ブチレートであることを世界で初めて特定しました。
  • アリやハチ、シロアリのような社会性昆虫では、女王は繁殖を行い、働きアリや働きバチは労働を行うといった分業が高度に発達しており、女王は自分が繁殖している間は、他のアリやハチが女王になるのを強く抑制しています。
  • 成熟した女王の大量採集が可能なヤマトシロアリを材料とした一連の研究により、女王フェロモンの特定と人工フェロモンによる新女王の出現の阻止に成功しました。
    さらに、これらと全く同じ物質が卵からも放出されており、女王と卵の存在が、他のシロアリの女王化を防いでいることも明らかになりました。
  • シロアリ駆除に当たっては、駆除後に生き残った働きアリの女王化にともなう巣の再出現の防止が長年の懸案となっていました。今回の研究成果により、この問題を解決することが可能となりました。
  • 本研究成果の詳細は、米国の科学雑誌である米国科学アカデミー紀要(PNAS:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)に掲載されました。
  • この成果は、当センターが実施するイノベーション創出基礎的研究推進事業における委託研究「シロアリの卵運搬本能を利用した擬似卵型駆除剤の実用化」(平成21~23 年度)によるものです。

開発の社会的背景

日本の北海道から九州まで分布するヤマトシロアリや、欧米に広く生息する近縁種は、巣の根絶が難しい厄介な木材に対する害虫です。巣の大部分を駆除しても、生き残ったシロアリの中から生殖虫(女王と王)がすぐに出現し、繁殖を再開するためです。

しかし、健在な女王がいる時には、女王はフェロモンによって他のシロアリの女王化を抑制しています。この女王フェロモンの存在は半世紀以上前から示唆されており、学術的にも応用的にも最重要のフェロモンとして研究されてきましたが、化学分析に十分な数の女王の採集が難しく、生物活性試験にも工夫が必要なため、実体のつかめない幻のフェロモンとして長年未解明の状態が続いていました。

内容・意義

巣の中に、二重の金網で出来た檻を置き、この中に女王を入れて、働きアリとの接触を断った場合でも、新たな女王の出現を阻止できることから、揮発性物質に的を絞って分析を行いました。野外のコロニーから女王を大量採集することに成功し、ヘッドスペースGC-MS(注1)(ガスクロマトグラフィー質量分析法)による化学分析と、実際のフェロモンの作用機構を再現した生物活性試験により、女王フェロモンの化学成分の特定に成功しました。

同定された2つの揮発性物質2-メチル1-ブタノールとn-ブチルn-ブチレートからなる人工フェロモンを作製し、これによって女王不在の巣に新たな女王が出現することを阻止することにも成功しました。

さらに驚くべきことに、女王が産んだ卵からも全く同じ揮発性物質が放出されており、卵の存在によっても女王化が抑制されることが分かりました。また、卵の揮発性物質には、働きアリによる卵の保護行動を活性化するという役割があることも明らかになりました。個体に直接作用してカースト分化(注2)を制御する女王フェロモンそのものの特定は、アリやハチなど他の社会性昆虫を含めても世界初の成果です。

今後の予定・期待

シロアリ駆除に当たっては、駆除後に生き残った個体による巣の再出現の防止が長年の懸案となっていました。今回、シロアリの女王フェロモンが特定できたことにより、この問題を解決することが可能になりました。

また、卵から放出されるこれらの揮発性成分は働きアリによる卵の運搬・保護行動の活性を高めることが判明しました。この成果を「シロアリの卵保護行動を利用した擬似卵型駆除剤」の開発に活用することにしています。

用語の解説

ヘッドスペースGC-MS
女王など、サンプルを入れたバイアル瓶の中の気相を回収して分析装置で分析する方法。揮発性成分の分析に用いる。
カースト分化
女王や王などの生殖虫、働きアリや兵アリなど、分業が発達しており、それぞれの役割をカーストと呼ぶ。発生が進んでカーストに分かれることを分化と呼ぶ。