研究代表者氏名及び所属
山岸 博(京都産業大学総合生命科学部)
総合評価結果
やや不十分
評価結果概要
(1)全体評価
本研究では、分担研究機関が開発してきたアブラナ科とナス科の細胞質雄性不稔(CMS)性について、雄性不稔系統のオルガネラゲノムを詳細に解析することにより雄性不稔の原因遺伝子を同定すること、その一方で、これらの植物の細胞遺伝学的解析とDNAマーカーの利用によって稔性回復遺伝子を同定すること、さらに新しい雄性不稔細胞質を作出してその機能を明らかにすることを目標とした。実際の研究実施の過程では、葉緑体形質転換で育成した系統で雄性不稔が想定通りに維持されないこと、雄性不稔系統でさまざまな異常形質が見られること等が出現し、当初想定通りの結果は得られなかった。一方で、さまざまな試行錯誤が行われ、多くのCMS系統が育成され、一部については稔性回復系統が見いだされたことから、一定の研究成果が得られたものと判断される。これらは、今後の雄性不稔あるいは稔性回復機構の多様性等を調査していくために有用な研究材料となると思われる。また、このようにして育成された雄性不稔系統・稔性回復系統のいくつかについては、ミトコンドリアゲノムの全塩基配列が決定され、雄性不稔の原因遺伝子候補が見いだされた点、ナスの稔性回復遺伝子が独立した2遺伝子であることの発見等は評価できる成果である。しかし、この候補遺伝子が真の原因遺伝子である証明や稔性回復遺伝子の同定はなされておらず、また、雄性不稔と稔性回復の機構解明にはほとんど着手できていないことから、今後さらなる検討が必要であろう。安定かつ効率的な F1採種体系の確立では、ナスにおいて、安定かつ効率的なF1採種が可能な系統を育成できる見込みが立ったことは当初目標の一部を達成したものと評価できるが、アブラナ科野菜については、商業的に安定した系統の選定には至っておらず、今後さらなる努力が必要である。
一方、得られた成果の学術論文としての発表は研究全体として国際学術誌8編と国内学術誌2編にとどまり、特許権等の出願等が1件も行われておらず、成果の情報発信や普及の観点では、低調であったと言わざるをえない。
ここで得られたさまざまな雄性不稔系統や稔性回復系統の潜在的価値は大きなものがあると思われるので、できる限り早く、実用的な側面の研究につなげる工夫、あるいは育種ステーションに素材提供する等の対応を進めていただきたい。
(2)中課題別評価
中課題A「モデル植物を用いた細胞質雄性不稔の誘起と機構の解明」
(京都産業大学 山岸 博)
本中課題の最も独創的な部分である葉緑体形質転換で育成された雄性不稔性の他植物種への交配による拡大や新規組換え体の育成等は、試みられたものの、雄性不稔性の不安定な発現や他植物種での葉緑体形質転換の効率の低さ等により、技術の有用性や利用可能性の検証には至っておらず、目標が未達成と判断せざるをえない。一方、他の中課題等で育成された雄性不稔系統・稔性回復系統のいくつかを用い、ミトコンドリアゲノムの全塩基配列を決定し、雄性不稔の原因遺伝子候補が絞り込まれた点では一定の成果を上げたと判断される。しかし、それが真の原因遺伝子と証明するには至っておらず、また、雄性不稔の誘導機構の解明も不十分と言わざるをえない。稔性回復遺伝子については、他の中課題との連携により、ナスの稔性回復遺伝子近傍に位置すると思われる分子マーカーは開発されたが、原因遺伝子の特定には至っておらず、稔性回復機構の解明の点でも不十分である。得られた研究成果は、今後の細胞質雄性不稔研究や植物ミトコンドリア研究にインパクトを持ちうるものと考えられるが、学術論文が2編しか公表されておらず、成果の特許権等の出願等もないことから、成果の情報発信・普及の観点では努力不足である。
中課題B「属間交雑に基づくアブラナ科雄性不稔植物の作出と細胞遺伝学的機構の解明」
(宇都宮大学 房 相佑)
本中課題は、当初想定以上の困難さに遭遇したが、努力の結果、複数のCMS系統が育成され特性解析が行われた点では、設定目標の一部が概ね達成されたと評価できる。しかし、雄性不稔の原因遺伝子の特定や雄性不稔機構の解明、商業的に安定した新しい雄性不稔系統の作出には至っておらず、稔性回復系統の育成も未だ途上であることを考え合わせると、当初設定目標が計画通り達成されたとは言えない。作成された雄性不稔系統等の植物材料は、種属間の交雑親和・不親和性の機構解明や雑種後代の安定性に関する基礎的な知見を見出す優れた材料として利用できるとともに、今後の育種素材への活用の可能性もある。また、本課題の成果は、国際学術誌に1編と国内学術誌に1編が論文として公表されたのみであり、特許権等の出願等もなされていないことから、成果の情報発信や普及の観点では努力不足である。
中課題C「ナス属の細胞質置換による雄性不稔機構の分子生物学的解明」
(佐賀大学 一色 司郎)
本中課題では、ナス属野生種に由来する細胞質を保持する新たなCMS系統が複数作出され、特性解析も進められ、さらに、稔性回復遺伝子が独立に機能する2遺伝子であることを新たに発見できた点は評価できる成果であり、目標は概ね達成できたものと判断され、不稔性等の機構解明や育種素材化等への展開も期待できる。一方で、この稔性回復遺伝子の最終的な同定や採種体系に利用可能な稔性回復系統の作出は今後に残された。本課題の成果は、国際学術誌に5編公表され、一定の努力がなされたと判断されるが、口頭発表件数が少なく、セミナー・シンポジウムは1回も開催されていないことを踏まえると、成果の情報発信・普及の観点ではやや努力不足の感は否めない。
中課題D「新規細胞質雄性不稔性の創出と遺伝様式の解明」
((独)農研機構 野菜茶業研究所 松元 哲)
本中課題は、育種現場に近い立場から、交配を繰り返しつつ、後代の特性解析を進め、ナスについては、他の中課題との連携により、雄性不稔と稔性回復の機構の一端が明らかにされ、安定かつ効率的なF1採種が可能な系統を育成できる見込みが立ち、細胞質雄性不稔利用による効率的採種システムの開発に至ったことは評価でき、当初目標の一端は達成されたものと判断される。一方で、もう一つの目標であるアブラナ科野菜については、計画で予定していた細胞融合による新規系統は取得できたが、安定的な雄性不稔系統は未だ育成途中であり、当初目標である「安定かつ効率的なF1採種体系の確立」には至っておらず、その機構解明を含めて今後に課題が残されている。成果については、特許権等の出願等はなく、学術論文が1報のみで、口頭発表も5年間を通じて1件のみにとどまり、成果の情報発信・普及に消極的であったとの感を否めない。