研究代表者氏名及び所属
宮沢 孝幸(京都大学ウイルス研究所)
評価結果概要
本課題は膨大な遺伝子量を持つ内在性レトロエレメントの機能解析を行い、その中で妊娠の維持に有用性を持つ遺伝子の利用と、内在性レトロウイルスの発現というリスクの統御を試みるという課題である。当初はやや総花的にテーマを広げており、各中課題も独立して研究が進められていた。 各中課題の独立性を重んじたために、研究代表者が全体を統括しているようには見えない傾向がある。研究当初の目的にレトロエレメントの網羅的な解析が挙げられており、技術的に成果が得られるかどうか不安な点もあったが、幸い各中課題は順調に成果を上げている。今後の研究としては、個々の研究とは別に、代表者が全体を統括し、胎盤形成の過程で遺伝子機能の評価を進めているウシの系で、内在性レトロウイルスの感染性統御とレトロトランスボゾンの有用性評価の研究に焦点をあて、残る限られた期間内で3研究グループが協調し大きな成果が得られるよう研究を進める必要がある。
中課題別評価
中課題A「レトロエレメントの解析と高度利用に向けた基盤技術の開発」
(京都大学ウイルス研究所 宮沢 孝幸)
RetroTectorを使用して様々な動物の保有するレトロエレメントの探索を行い、網羅的な解析と系統分類を行ったことは評価できる。ウシの内在性レトロウイルスを発見し、それを培養細胞で発現させて機能解析を行ったこと、ネコ、コアラ、ブタの内在性レトロウイルスの受容体の探索やその同定、Env蛋白に対するモノクロ-ナル抗体の作製等に成功し、一定の成果が出ている。ベクタ-開発は、invitroの実験系の範囲において、感染性のある遺伝子クロ-ンの作製やレセプタ-の強制発現など、様々な細胞に候補ウイルスを感染させ、研究は順調に進んでいる。
しかし、限られた研究期間内で、これらすべてを完結させることは難しい。 また共通のテーマに対する貢献に力を注ぐことができにくい。多くの実験系を同時に展開し、将来の実用性を重んじるあまり、それぞれをインパクトのある研究へ発展させたいように見えるが、これまでの成果と、共通性のあるテーマへの今後の計画では、そのような展開になっていない。レセプターの同定や生殖系への導入ベクター開発等のテーマはスローダウンし、全体のテーマに調和するよう研究を進めるほうが良い。可能な限り個別のA課題を整理するとともにプライオリティー化し、全体のテーマに協力する方向が、農林水産業・食品産業へ寄与する成果を挙げるためにもっとも必要なものと思われる。
中課題B「胎盤におけるレトロエレメントの解析とその制御」
(東京大学大学院農学生命科学研究科 今川 和彦)
ウシの繁殖率をあげるため、胎盤形成の過程で機能している可能性のあるウシ内在性レトロエレメントを同定し、また、内在性レトロウイルス発現を統御するという、ベネフィット因子の同定とリスク因子の統御の候補を精査するための細胞培養評価系の確立を行った。これまでの成果は必ずしも十分とは言えないが、胎盤で発現するレトロエレメントの同定、遺伝子部位も絞り込まれつつあり、初期の目的に到達している。
本プロジェクトにおいて注目される最も大きな実用性は、この課題で行われているウシ胎盤形成とウシ内在性レトロエレメント及び内在性レトロウイルス系であると考える。培養細胞系での知見の結果を生かして、実際のウシ初期胚や胎盤を用いた研究成果をあげる努力が求められる。
全体のテーマである、内在性レトロウイルスの統御(リスク回避)と有用なレトロエレメントの機能解析(ベネフィット)の戦略をより明確にし、ウシを標的に共同研究を展開する方向性が推奨される。とくに中間報告で示唆された、ETセンターとの共同研究でウシの初期胚を用いた評価法の開発は期待できる。しかし、現時点での農林水産業への寄与はまだ明らかではない。ウシの妊娠過程の問題点をレトロエレメントの利用により、どのように解決できるか戦略・戦術を明確にする必要がある。ETセンターとの共同研究とともに、中課題A,Cとの研究連携を一層強めるべきである。研究成果の独創性は高く評価できる。
中課題C「レトロエレメントの粒子形成機構の解明と制御法の確立」
(科学警察研究所 安田 二朗)
ブタやネコ由来内在性レトロウイルスの後期過程である粒子形成・出芽機序を解析し、この成果に基づくウイルス産生における制御法を開発してきた。 HIV-1に抗ウイルス作用を持つTetherin/BST2が両ウイルスの産生阻害活性を持つこと、その活性作用に関与する分子構造を明らかにしたこと、Tetherin/BST2が恒常的に発現している培養細胞を作製し、そこでRD-114およびPERVの産生が抑制されることを確認したことは評価できる。RD114の産生が抑制されたCRFK細胞はそのままワクチン製造に利用できると思われる。さらに課題Bとの研究連携を強化し、培養細胞系から初期胚のような、より複雑なvivoの系で、ウシ内在性レトロウイルスに対する有効性の評価を進めてもらいたい。産業への効果を上げるには、細胞レベルからより高次の初期胚のようなvivoの研究が必要ではないかと思われる。課題Bと連携し、複雑系への応用に取り組むことが、産業への有用性に繋がる道であると考える。