生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2003年度 研究成果

DNAメチル化情報の解析による動物ゲノムの高度利用

研究項目及び実施体制(◎は研究代表者)

  • ゲノムDNAのメチル化状況の解析
  • DNAメチル化の制御機構についての生化学的研究
  • ゲノムメチル化制御系解析のための各種の幹細胞株の樹立
  • 細胞の核を初期胚型に戻すための細胞生化学的研究
    (◎塩田邦郎、田中 智/東京大学大学院農学生命科学研究科)

研究の目的

哺乳類の個体発生では、受精から始まる連続的な細胞分裂・増殖・分化を繰り返し、最終的に様々な形態や機能を有する細胞が生じる。各細胞固有の形態・機能は、不可逆的な遺伝子発現パターンに支えられているが、細胞の遺伝子発現パターンの記憶機構については謎であった。本研究は、哺乳類ゲノムDNAの唯一の化学修飾であるDNAメチル化に焦点をあて、マウスゲノム解析を中心に展開したもので、個体発生のDNAメチル化によるプログラムの解読を目的にしている。

研究の内容

マウスを用いてCG配列の豊富な数千のゲノム領域(CpGアイランド)のメチル化状況を解析し、ゲノムDNAあたり少なくとも数千の領域が、組織特異的なメチル化パターンを形成していることを発見した。また、DNAメチル化パターン形成・維持の分子機構も解明が進んだ。体細胞のゲノムDNAの遺伝情報(塩基配列)は同一であっても、メチル化パターンは細胞の種類により異なっているのである。メチル化された遺伝子は不活性になるので、発生の基礎として重要で、クローン動物の発生に関する分子解析アプローチも可能となった。

主要な成果

  • 幹細胞を含む様々な細胞・組織のゲノムワイドのDNAメチル化解析を行い、細胞の種類に特有のDNAメチル化パターンが存在することを発見し、マウスゲノムのDNAメチル化データベースを作成した。DNAメチル化と脱メチル化による複雑なエピジェネティック変化が、細胞分化・発生の基盤となっている。
  • CpGアイランドを含む遺伝子領域のDNAメチル化とその維持は、繰り返し配列を主体とする非遺伝子領域とは異なり、主にDNAメチル転移酵素(Dnmt3a/3b)により制御されていることを明らかにした。
  • DNAメチル転移酵素(Dnmt1)はメチルシトシン結合蛋白質の一つMeCP2と結合することを明らかにした。この発見によりDNAメチル化パターン維持の分子機構に新たな概念を提供した。
  • 幹細胞(胚性・栄養膜幹細胞)分化に伴いDNAメチル化パターンが大きく変化することが明らかになった。また、発生に重要なマスター遺伝子がDNAメチル化により制御されていることも明らかにされた。
  • クローンマウスではDNAメチル化に異常があることを明らかにした。DNAメチル化異常は発生異常の原因となるので、DNAメチル化解析は、病気や初期胚の診断等の新たな指標となる。

見込まれる波及効果

DNAメチル化情報は生命科学の新たなパラダイムで、動物生産の効率化や初期胚の診断、および環境汚染物質・食品添加物などの健康への影響など、畜産を含む農業および食品安全性評価などに大きく貢献する。また、様々な疾病の治療・診断法や創薬標的分子の探索系確立のための利用など、生命科学産業への波及効果も大きい。

主な発表論文

  • Ohgane J., et al., DNA methylation variation in cloned mice: Genesis, 30: 45-50 (2001).
  • Imamura T., et al., CpG island of rat sphingosine kinase 1 gene: tissue-dependent DNA methylation status and multiple alternative first exons: Genomics, 76: 117-125 (2001).
  • Tanaka S., et al., Placentomegaly in cloned mice caused by expansion of spongiotrophoblast layer. Biol. Reprod., 65: 1813-1821 (2001).
  • Shiota K., and Yanagimachi R., Epigenetics by DNA methylation for development of normal and cloned animals:Differentiation, 69:162-166 (2002).
  • Shiota K., et al., Epigenetic marks by DNA methylation specific to stem, germ and somatic cells in Mice, Genes Cells, 7: 961-969 (2002).
  • Kimura H., Shiota K., Methyl-CpG binding protein, MeCP2, is a target molecule for maintenance DNA methyltransferase, Dnmt1: J. Biol. Chem., 278:4806-4812 (2003).

研究のイメージ

DNAメチル化情報の解析による動物ゲノムの高度利用