研究の目的
病原性動物ウイルスは、宿主動物に感染して多様な病態を起こさせる。感染後病原性発現に至るためには、まずウイルスが宿主細胞内に侵入し、増殖、粒子形成を行なうことが必須であり、その間、宿主細胞因子とウイルス側因子との様々なせめぎあいが行われる。本研究では、モービリウイルスをモデルとして、ウイルスと細胞側因子との相互作用を網羅的かつ包括的に解析することによって病原性発現に必須の因子を探索し、全体像の解明にアプローチすることを目的とした。
研究項目及び実施体制(◎は研究代表者)
- ウイルス感染後の宿主細胞因子転写動態の包括的解析
- ウイルスによるshut off現象の機構解析
- ウイルス複製機序の解析
- 病原性発現機構の解析
- レセプター同定とモデルマウスの確立
(◎甲斐知恵子/東京大学医科学研究所)
研究の内容及び主要成果
- 麻疹ウイルス(MV)感染宿主細胞の遺伝子発現動態をマイクロアレイにより解析した結果、細胞種によって全く異なる反応を示すことを見いだし、変化する遺伝子群を同定した。
- 感染後、細胞蛋白の合成を抑制して自身のウイルス蛋白のみを合成するshut-off現象は、翻訳開始因子eIF2αおよびeIF3サブユニットp40の機能抑制であることを見いだした。eIF3-p40は他のウイルスにない新たな機序の発見である。また、ウイルスmRNAの選択的翻訳機序も明らかにした。
- ウイルス複製過程で核の内外に輸送されるN蛋白について、核移行シグナル及び核外輸送シグナルを同定した。このN蛋白の核内外への運搬が典型的な核外輸送経路ではないことが明らかになったことから、新規輸送経路の存在を示唆した。
- 病原性発現機序に関わるウイルス蛋白について、確立したreverse genetics系と動物実験モデルを用いて解析し、種を越えた病原性発現には、転写・複製に関与するP蛋白が重要な役割を担うことを初めて発見した。
- モービリウイルスは、既知の2種のレセプター蛋白の存在しない細胞にも感染するが、この機序として、細胞外マトリックスプロテオグリカンのヘパラン硫酸が結合因子あるいはコレセプターとして機能している事を新たに発見した。
見込まれる波及効果
モービリウイルスは、多くのエマージングウイルス感染症の原因となるモノネガウイルス目に属し、優れた研究モデル対象である。本ウイルスにより解明された病原性発現に関与するウイルス蛋白の知見は、迅速な弱毒化ワクチン開発に有用である。また、ウイルスと相互作用する宿主因子の解明は、宿主因子を標的とした新規治療法の開発に道を開くと期待される。
主な発表論文
- Yoneda M., et al.: Rinderpest virus H protein: role in determining host range in rabbits. J Gen Virol. 83, 1457-63, 2002
- Yoneda, M., et al.: Rinderpest virus phosphoprotein gene is major determinant of species-specific pathogenicity. J. Virol., 78 6676-6681, 2004
- Sato, H., et al.: Morbillivirus nucleoprotein possesses a novel nuclear localization signal and a CRM1-independent nuclear export signal. Virology 352, 121-130, 2006.
- Fujita, K., et al.: Host range and receptor utilization of canine distemper virus analyzed by recombinant viruses: involvement heparin-like molecule in CDV infection. Virology, 2005 Oct18;[Epub ahead of print] In press.
- Kobune, F., et al.: A novel monolayer cell line derived from human umbilical cord blood cells shows high sensitivity to measles virus. J. Gen. Virol. 2007. In press.