生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2008年度 研究成果

ネムリユスリカの極限環境に対する耐性の分子機構の解明

研究の目的

ネムリユスリカ幼虫は、身体からほぼ完全に水分を失っても、水に戻すと蘇生する。この極限的な乾燥耐性(クリプトビオシス)の背景にはトレハロースとLEAタンパク質が生体成分の保護剤として関わっている。生体分子の保護作用を生理生化学、分子生物学、さらに物理化学的な手法で解明する。

研究項目及び実施体制(◎は研究代表者)

  • ネムリユスリカのクリプトビオシスの分子機構の解明
    (◎奥田 隆/独立行政法人 農業生物資源研究所)
  • ネムリユスリカのクリプトビオシスの物理化学的研究
    (櫻井 実/東京工業大学バイオ研究基盤支援総合センター)

研究の内容及び主要成果

  • ネムリユスリカのクリプトビオシスに関わるいくつかの重要な遺伝子を単離した。その一つはトレハローストランスポーター遺伝子(TRET1)であろう。トレハロースを特異的かつ大容量輸送すること、輸送能力拡散受動型輸送体なのでトレハロースの細胞内への出し入れは培養液のトレハロース濃度を調節する事で容易にできることなど、応用面で優れた特性を持つことがわかった。実際ネムリユスリカ以外のほ乳類培養細胞に導入しトレハロース輸送活性を付加することができストレス耐性を誘導することができた。
  • クリプトビオシス生物の乾燥ストレスから生体成分を保護するメカにズムとしてトレハロースの水置換とガラス化が重要であることが提唱されており、それを実証することができた。顕微FTIRを用いて困難とされていたクリプトビオシス生物の体内でのトレハロースの局在の可視化に成功しトレハロースが身体全体に均一に分布していることがわかった。
  • 天然に存在するグルコ二糖すべてに対しガラス状態の物性を測定し、トレハロースが最も優れたガラス化剤であることを示した。これらの結果より、ネムリユスリカが生息する温度環境を考慮すると、クリプトビオシスを誘導・維持する糖質として、少なくとも天然グルコ二糖の範囲内では、トレハロース以外のものはあり得ないことを示した。
  • クリプトビオシスの誘導に伴い活性酸素の発生し、それが生体成分や細胞に損傷を与えるものの、蘇生時にそれを修復していた。活性酸素は乾燥耐性関連遺伝子の発現の引き金となっていた。

見込まれる波及効果

  • 優良形質を持った家畜の未受精卵の凍結保存が困難とされているが、拡散受動型トレハロース輸送体、TRET1を一過的に発現させトレハロースを細胞内に導入する事で凍結保存あるいは乾燥保存が可能となる。さらにTRET1を植物培養細胞に導入し、乾燥や低温ストレス耐性の作物および花持ちの良い花卉植物の構築も期待される。
  • 乾燥耐性関連因子のLEAタンパク質のモチーフから創出したモデルLEAぺプチドを添加することにより、ワクチンや血清などの有用タンパク質のフリーズドライ保存技術の開発が期待される。

主な発表論文

  • Sakurai, M. et al. : Vitrification of trehalose is essential for anhydrobiosis in an African chironomid, Polypedilum vanderplanki. PNAS 105 : 5093-5098 (2008)
  • Kikawada, T. et al. : Dehydration-inducible changes in expression of two aquaporins in the sleeping chironomid,Polypedilum vanderplanki. Biochim. Biophys. Acta 1778 : 5514-5520 (2008)
  • Kikawada, T. et al. : Trehalose transporter 1, a facilitated and high-capacity trehalose transporter, allows exogenous trehalose uptake into cells. PNAS 104 : 11585-11590 (2007)
  • Zhu, B. et al. : Natural DNA mixed with trehalose persists in B-form double-stranding even in dry state. J. Phys. Chem. B 111 : 5542-5544 (2007)
  • Kikawada, T. et al. : Dehydration-induced expression of LEA proteins in an anhydrobiotic chironomid. Biochem. Biophys. Res. Commun. 348 : 56-61 (2006)
  • Oku, K. et al. : Combined NMR and quantum chemical study on the interaction between trehalose and diene relevant to the antioxidant function of trehalose. J. Phys. Chem. B 109 : 3032-3040 (2004)

研究のイメージ

ネムリユスリカの極限環境に対する耐性の分子機構の解明