生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2008年度 研究成果

分子生物学の新しいモデル生物としてのミツバチの開発と利用

研究の目的

ミツバチの行動の分子・神経的基盤を理解し、ミツバチを動物の高次行動の研究のための新たな「モデル生物」として開発・利用するため、ミツバチのダンス、攻撃行動、社会性行動、脳機能に関わる遺伝子・タンパク質を同定・解析し、それらを発現する神経回路を同定する。またそのホモログの構造と機能がどの程度、種を越えて保存されているか調べる。またウイルスベクターを用いたミツバチへの外来遺伝子導入法の確立を試みる。

研究項目及び実施体制(◎は研究代表者)

  • 初期応答遺伝子Kakuseiを用いたダンスコミュニケーションの神経基盤の解析
    (木矢剛智、國枝武和、◎久保健雄/東京大学大学院理学系研究科)
  • 視覚-口吻伸展反射連合学習系を用いた視覚情報処理機構の解析
    (堀沙耶香、中岡貴義、木矢剛智、竹内秀明、◎久保健雄)
  • Kakugoウイルス感染と攻撃性の相関解析と、ウイルスベクターによる外来遺伝子導入の試み
    (藤幸知子、竹内秀明、◎久保健雄)
  • ミツバチの社会性行動に応じて脳で発現が変動する遺伝子に関する研究
    (森岡瑞枝、竹内秀明、中岡貴義、堀川大樹、◎久保健雄)
  • キノコ体選択的な転写因子Mblk-1とそのホモログに関する研究
    (國枝武和、竹内秀明、◎久保健雄)

研究の内容及び主要成果

  • 初期応答遺伝子Kakuseiを用いて採餌蜂の脳で活動的な脳領野をマッピングすることにより、採餌蜂の脳では高次中枢であるキノコ体の一部の神経細胞(小型ケニヨン細胞)が選択的に興奮していることを見出した。
  • 働き蜂が距離を算出する仕組みを知るために、実験室内で固定した働き蜂を用いて、オプティック・フロー(視界を横切る物体の流れ)と砂糖水に対する口吻伸展反射を連合させる連合学習系を新たに確立した。
  • Kakugoウイルス(KV)の疫学調査を実施し、感染コロニーや感染個体の脳でのKVの分布を調べることで、非致死性であるKVの感染が、ミツバチの生理や行動に影響する可能性を示した。
  • ミツバチ脳で領域・行動選択的に発現する「遺伝子発現マップ」を作製し、ミツバチの行動特性を支える脳の分子・神経的特徴を見出した。特に脳機能がホルモンにより制御される可能性を示し、脳の新しい「層構造」を発見した。
  • ミツバチ脳でキノコ体選択的に発現する転写因子Mblk-1の線虫ホモログMBR-1の解析から、線虫で過剰な「神経突起剪定」が生じることを発見し、それに関わるMBR-1を含むシグナルカスケードを発見した。

見込まれる波及効果

本研究は今後、動物一般の社会性行動やコミュニケーション能力に関する研究分野においても、先導的役割を果たす可能性がある。またその知見は将来的には様々な生物系特定産業技術の分野に利用できる可能性がある。例えば 1)コミュニケーション障害や神経的疾患に関わるヒト遺伝子の同定と、それを利用した診断・治療、2)コミュニケーション能力や社会性行動を人為的に修飾した動物(「刺さないミツバチ」など)の作出・利用、3)養蜂業におけるミツバチの病原微生物からの保護への応用、などである。

主な発表論文

  • Kage E., et al. : MBR-1, a novel helix-turn-helix transcription factor, is required for pruning excessive neurites inCaenorhabditis elegans Curr. Biol. 15: 1554-1559 (2005)
  • Fujiyuki T., et al. : Prevalence and phylogeny of Kakugo virus, a novel insect picorna-like virus that infects the honeybee (Apis mellifera L.), under various colony conditions. J. Virol. 80: 11528-11538 (2006)
  • Hori S., et al. : Associative learning and discrimination of motion cues in the harnessed honeybee Apis mellifera L.J. Comp. Physiol. 193: 825-833 (2007)
  • Kiya T., et al.: Increased neural activity of a mushroom body neuron subtype in the brains of forager honeybees.PLoS ONE 2(4): e371 (2007)
  • Hayashi Y. et al.: A trophic role for Wnt-Ror kinase signaling during developmental pruning in Caenorhabditis elegans. Nat. Neurosci. in press (2009)

研究のイメージ

分子生物学の新しいモデル生物としてのミツバチの開発と利用