研究の目的
原始紅藻Cyanidioschyzon merolae(シゾン)は極限環境(強酸性、高温、高金属イオンなど)に棲息する。本研究の目的は、これらの特性を決める遺伝子を、ゲノム・ポストゲノム情報を基盤にした、比較ゲノム、EST解析、模擬環境変動実験により決定し、それらを高等植物に導入し、酸性雨、温暖化、砂漠化など環境ストレスに適応力のある有用植物を作出することである。
研究項目及び実施体制(◎は研究代表者)
- シゾンの極限環境適応遺伝子の探索とその応用に関する基礎研究
(◎黒岩 常祥/立教大学理学研究科極限生命情報研究センター) - 環境変動に耐性な有用植物の作出
(平野博之/東京大学大学院理学系研究科)
研究の内容及び主要成果
- シゾンゲノムの塩基配列を真核生物としてはじめて100%解読し、マイクロアレイによる全遺伝子のトランスクリプトーム解析、TOF MS-プロテオーム解析による指標物質の超高率同定に成功した。またシゾンの遺伝子破壊技術を開発した。
- 上記の情報を利用して、比較ゲノム解析、EST解析、更に擬似環境変動実験を行い、酸性耐性、高温耐性、高アルミニウムイオン耐性、塩・Ca耐性に関わる29候補遺伝子を同定した。
- これらの候補遺伝子を高等植物(ヒメツリガネゴケ、シロイヌナズナ、イネなど)に導入して形質転換を試み、耐酸性、耐高温など環境ストレスに対して耐性能力を獲得した高等植物を作出することに成功した。
見込まれる波及効果
極限環境に棲息する生物の遺伝子の利用の道が開拓され、基礎科学のみならず次の様な多くの応用研究への利用が期待される。
- 環境変動に対する適応能を持つ農作物の改良への貢献:
シゾンの遺伝子を導入した植物は、酸・アルミニウムイオンに対して高い耐性を示した。このことから、酸性雨に強い植物の作出が可能であることが示された。また、遺伝子を導入して得られた高温耐性の植物や塩・Ca耐性の植物は、高温での二酸化炭素固定能が高い植物や、温暖化や砂漠化に対応した植物の作出が可能であることを示し、環境適応能をもつ農作物の改良への貢献が期待される。 - 環境修復への波及効果:
シゾンの液胞は様々な金属イオン吸収能が高い事が明らかになったが今回これらの遺伝子を高等植物に導入し、金属イオン耐性能の付加に成功した。これは選択的に金属イオンを吸収できる植物の作出が可能であることを示しており、この植物の利用により土壌修復などへの利用が期待される。 - 生命科学、構造生物学への展開:
シゾンのゲノム情報は、既農水省関連の植物のSALADデータベースとして採用され、農林水産業、飲食料品産業、醸造業など応用研究の基礎データとして利用されており、それらの分野への波及効果は大きい。またシゾンは高温に棲息するためそのタンパク質が高温、安定であることを利用して、真核生物のタンパク質は高温で安定であることから、シゾンとそのゲノム情報は、既に世界50箇所余りの先端的構造生物学の研究室で使用され、成果を挙げている。
主な発表論文
- Yoshida Y.,et al.: Isolated chloroplast division machinery can actively constrict after stretching. Science 313,1435-1438 (2006)
- Nozaki H.,et al.: A 100%-complete sequence reveals unusually simple genomic features in the hot-spring red alga Cyanidioschyzon merolae. BMC Biol 5, no28 (2007).
- Yagisawa H., et al.: Identification of novel proteins in isolated polyphosphate vacuoles in the primitive red alga Cyanidioschyzon merolae. Plant J. 60, 882-893 (2009).
- Yoshida Y.,et al.: The bacterial ZapA-like protein ZED is required for mitochondrial division. Curr. Biol.19、1491-1497 (2009)
- Hirooka S.,et al.: Expression of Cyanidioschyzon merolae chloroplast stroma APX in Arabidopsis thaliana enhances tolerance to high temperature stress. Plant Cell Rep. 28, 1881-1893 (2009)