研究の目的
幼若ホルモン(JH)は昆虫固有のホルモンで、変態・休眠・相変異など昆虫独特の生命現象の調節に関わっている。このためJHの生合成・分解・輸送から受容・作用発現に関わる一連の経路(JHネットワークと称する)は安全な昆虫制御剤(IGR)開発の優れた標的として注目される。しかし、その分子的実体は未だに不明な点が多い。本課題では、カイコのゲノム情報・マイクロアレイ・形質転換という最先端の研究手法を用いることで、JHネットワーク分子を遺伝子側から網羅的に同定してその機能を明らかにし、JH濃度調節およびJH作用発現の分子機構を解明することを目的とする。本研究により、JHネットワークの分子レベルでの理解が飛躍的に進み、新規のIGR標的分子が多数得られ、JHネットワークを標的とした新しい昆虫制御技術への道が拓ける。
研究項目及び実施体制(◎は研究代表者)
- カイコゲノム情報に基づくJHネットワーク遺伝子の解明
(◎篠田 徹郎/独立行政法人農業生物資源研究所) - 組織培養系によるJHネットワーク遺伝子解析
(比留間 潔/弘前大学農学生命科学部)
研究の内容及び主要成果
- カイコゲノム情報等を利用して、主要なJH合成酵素遺伝子、JH分解酵素遺伝子、JH結合タンパク質遺伝子を網羅的に単離し、その発現動態を調べるとともにリコンビナントタンパク質を用いて酵素学的・生化学的機能を明らかにした。また、トランスジェニックカイコを用いてin vivoでそれらの機能を解析した。
- JH生合成制御においてJH酸メチル基転移酵素(JHAMT)が律速酵素であることを明らかにし、その発現制御にエクジソンが関わることを見出した。また、JH生合成に関わるsNPFなど新規なペプチドおよびその受容体(GPCR)を同定し、側心体を介したJH生合成制御機構を見出した。
- 変態抑制に関わるJHのシグナルは、JH受容体候補遺伝子Methoprene tolerant(Met)を介して、JH初期応答遺伝子Krüppel homolog 1(Kr-h1)が誘導されることで伝達されることを明らかにした。また、Kr-h1の上流にJH応答配列(JHRE)を同定した。
- 上記のJHネットワーク遺伝子を利用して、JH阻害剤、JHアゴニスト・アンタゴニストのスクリーニングシステムを複数開発した。
見込まれる波及効果
本研究で開発したスクリーニングシステムを利用することで、特定の害虫にのみ選択的に作用し、人畜や天敵昆虫等には悪影響の少ない、新規な環境調和型殺虫剤が開発されるものと期待される。
主な発表論文
- Truman J., et al. : Juvenile hormone is required to couple imaginal disc formation with nutrition in insects. Science. 312 : 1385-1388 (2006)
- Kinjoh T., et al.: Control of juvenile hormone biosynthesis in Bombyx mori: cloning of the enzymes in the mevalonate pathway and assessment of their developmental expression in the corpora allata. Insect Biochem Mol Biol. 37 : 808-818 (2007)
- Yamanaka N., et al. : Neuropeptide receptor transcriptome reveals unidentified neuroendocrine pathways. PLoS ONE 3 : e3048 (2008)
- Muramatsu D., et al. : The role of 20-hydroxyecdysone and juvenile hormone in pupal commitment of the epidermis of the silkworm, Bombyx mori. Mech Dev. 125 : 411-420 (2008)
- Minakuchi C., et al. : Krüppel homolog 1, an early juvenile hormone-response gene downstream of Methoprene-tolerant, mediates its anti-metamorphic action in the red flour beetle Tribolium castaneum. Dev Biol. 325 : 341-350 (2009)
研究のイメージ
