生物系特定産業技術研究支援センター

《こぼれ話7》ナス由来の成分で血圧や気分の改善効果

2020年6月15日号

SDGs目標9 産業と技術革新の基盤をつくろうSDGs目標3 すべての人に健康と福祉をSDGs目標2 飢餓をゼロに

世界初の研究成果

ナスに多く含まれるコリンエステルが神経系の働きを調節して、血圧の改善や気分をよくする効果を発揮することがヒトの試験で分かりました。世界初の研究成果です。ナスやその加工食品、サプリメントを通じて国民の健康度を上げるだけでなく、ナス生産者の所得向上につながることにも大きな期待が寄せられています。

ナスには他の野菜の1000倍以上のコリンエステル

ナス由来成分の研究開発を進めているのは中村浩蔵・信州大学農学部准教授を中心として、北海道情報大学、高知県農業技術センター、農研機構野菜花き研究部門、株式会社ADEKA、株式会社サラダコスモ、倉澤農園などが参画する「ナス高機能化コンソーシアム」(共同研究事業体) です。

ソバの新芽を乳酸発酵させた食品の降圧作用を研究していた中村氏は2016年、その有効成分であるコリンエステルがソバよりもナスに豊富に含まれていることを発見しました。その含有量は他の野菜に比べて1000倍以上も多い (図1) という大発見でした。

以来、中村氏は入手が容易で価格が安く、コリンエステルが豊富なナス (写真1) に着目して、その健康効果の実証やナスの加工食品やサプリメントの開発、ナス栽培産地の活性化などを目指した研究を進めています。これまでにナスの乾燥粉末を活用したマカロンやクッキー、パンを試作するなどナス関連産業の創出にも挑んでいます。

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図1 食品素材中のコリンエステル
(画像クリックで拡大)
写真1 コリンエステルが豊富なため、
機能性表示食品として届け出がなされた
「高知なす」

(図1、写真1とも株式会社ウエルナス提供)

ヒトの試験で有効性を確認

コリンエステルの健康効果を確かめるため、ヒトを対象とする信頼性の高い臨床試験(プラセボ対照ランダム化二重盲検並行群間比較試験)も行われました。2018年7~11月、血圧が高めで心理的なストレスを感じている35~65歳未満の男女100人をランダムに2群に分け、一方にはナスの搾汁粉末を詰めたカプセル (1日あたり2.3mgのコリンエステル量)、もう一方にはナスの搾汁粉末を含まない偽のカプセル (プラセボ) をそれぞれ12週間摂取してもらい、血圧と気分の変化に差が生じるかを調べました。その結果、コリンエステル摂取群はプラセボ群に比べて、血圧が有意に改善することが分かりました。

また、心理状態アンケートの結果、コリンエステル摂取群は抑うつや怒りの度合いが下がり、友好気分や活気・活力が有意に改善されることも分かりました。研究成果は2019年11月、国際的学術誌「Nutrients」に掲載されました。

生鮮ナスが機能性表示食品へ

ナスに含まれるコリンエステルの量は品種によって異なりますが、高知県で栽培されている冬春ナスでJA高知県が扱う「高知なす」(土佐鷹、慎太郎、はやぶさ、竜馬の4品種) には特に豊富に含まれていることが分かっています。1日2本の「高知なす」を食べれば、有効量 (1日あたり2.3mg) をほぼ確実に摂取することができます。

今年2月、JA高知県は事業者の責任で科学的根拠に基づき機能性を表示できる機能性表示食品の取得を目指し、所管の消費者庁にその届け出を行いました。愛知県の漬物メーカーの三井食品工業株式会社が開発した「ひとくち茄子漬」も機能性表示食品として消費者庁に届け出を終え、受理を待つ段階です。

信州大学発のベンチャーである株式会社ウェルナスも昨年11月、機能性表示食品としてのサプリメント「ウェルナスサプリ」の届け出を行いました。それとは別にコリンエステルを多く含む通常のサプリメントはすでに今年3月から発売されています。

高知県のナス農業を活性化

高知県は日本一のナス産地です。ナス高機能化コンソーシアムでは、採光や加温などでコリンエステルの含有量をさらに高める「高知なす」の栽培法も確立しており、今後は高知全域に広まっていきそうです。現在、家庭でのナスの消費量は低迷していますが、健康によい機能性野菜ナスの消費が増えることで、高知県のナス農業が大きく飛躍することも期待されています。

また、ナスは加工用途が少なく、全国で毎年約9万トンもの規格外ナスが廃棄されています (株式会社ウエルナスの試算推定)。この大量の規格外ナスを機能性食品用の加工原料として有効利用すれば、SDGs (持続可能な開発目標) の目標である廃棄ロスの低減に大きく貢献できるだけでなく、生産者の新規収入源にもなります。

コリンエステルとは

コリンエステルはコリンと有機酸がエステル結合した化合物群。体内の神経伝達物質として知られるアセチルコリンはその代表的な化合物です。ナスにはアセチルコリンが含まれており、機能性関与成分はナス由来のコリンエステル (アセチルコリン) となります。これは胃や腸など消化器官を介して自律神経に作用し、ストレス性の交感神経活動を抑制して、血圧や気分を改善することが明らかとなっています。

事業名

革新的技術開発・緊急展開事業 (うち経営体強化プロジェクト)

事業期間

平成29年度~令和元年度

課題名

新規機能性成分によるナス高付加価値化のための機能性表示食品開発

研究代表機関

信州大学


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