生物系特定産業技術研究支援センター
《こぼれ話11》性フェロモンでガを退治
2020年8月17日号
" 虫や幼虫の写真が苦手な方は閲覧注意 "
性フェロモンで防除
みなさんは「性フェロモン」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。一般に昆虫などでメスが交尾目的でオスを誘引するために放出する化学物質を性フェロモンと呼びます。この性フェロモンを合成して、果樹園に放ち、オスとメスの交信、交尾を妨げることで害虫のガを減らす試みがあります。福島県のリンゴ園などで性フェロモンによる防除が大きな成果を収めています。
木にチューブを巻き付けて、ガを減らす
リンゴ園やナシ園で幹や枝に寄生する害虫にヒメボクトウ (写真1、徳島県立農林水産総合技術支援センター提供) がいます。ガの一種です。その幼虫 (写真2、中牟田潔氏提供) は幹や枝の中に入って木の内部を食べます。木の中で2~3年間も過ごすと、リンゴの木は衰弱し、枯死することもあります。
その対策として、果樹農家は被害樹を切ったり、樹に薬剤を注入する方法などで対処してきましたが、より負担の軽い方法として、合成性フェロモン剤が登場しました。農家は果樹園の幹や枝に合成性フェロモンを封入したチューブ状のディスペンサー (写真3、福島県農業総合センター果樹研究所提供) を巻き付ける (10アール当たり100~150本)だけです。
設置後、合成性フェロモンはじわじわと空気中に広がり、果樹園を覆います。オスは、メスの分泌する性フェロモンをめがけて飛んでいき、交尾をしようとしますが、合成性フェロモンが充満していると、メスがどこにいるか分からなくなり、本物のメスと交尾できなくなります。その結果、繁殖・産卵率が下がって、次世代以降のガの数が徐々に減っていくという仕組みです。
殺虫剤だと効果は1~2週間しか持続せず、適期の散布を逃すこともありますが、性フェロモン剤は効果が約3カ月間持続するため、そういう心配がなくなります。この他、
- 取り付けが簡単
- もともと自然界で虫が出している物質なので人や家畜への毒性は極めて低い
- リンゴやナシなどの作物に残留する心配がない
- 殺虫剤の使用を減らすことができ、天敵などの有用生物を保全できる
などの特色があります。
福島県で大きな成果
2011年~13年、千葉大学や福島県農業総合センター果樹研究所などが共同研究で福島県内のリンゴ園で実証したところ、合成性フェロモン剤を設置して3年後、全体に占める被害樹木の割合は当初の約3割から約1割に減りました。同様の研究成果は徳島県のナシ園の試験でも認められました。
こうした研究成果を背景に2015年、共同研究に携わっていた信越化学工業株式会社が「ボクトウコン-H」という名称で農薬登録を行い、実用化の道を歩み始めました。現在、福島県ではこの「ボクトウコン-H」の設置によって、被害がほとんど見られなくなりました。福島県は早期防除に成功した優良事例ともいえます。
この研究成果は、農林水産省が進める「イノベーション創出強化研究推進事業」の普及優良事例に選ばれ、2019年7月、農林水産省で記者説明会が行われました。
この説明会で発表した中牟田潔・千葉大学グランドフェローは以下のように述べています。「ガの幼虫がリンゴやナシの枝幹に入り込むと、従来の殺虫剤散布では幼虫に立ち向かえません。交信かく乱で交尾を阻害し、次世代密度を減らす「ボクトウコン-H」は、速効性はありませんが、数年間にわたり広域で使用すれば、より優れた被害低減効果を示すことがわかっています」。
ヒメボクトウ
チョウ目ボクトウガ科に属するガ。灰褐色の羽をもち、成虫の体長は3~4cm。もともとは森林害虫とされていましたが、2001年、徳島県のナシ園で初めて幼虫による被害が報告され、以後、秋田 (日本ナシとリンゴ)、福島 (リンゴと日本ナシ)、宮城 (日本ナシ)、千葉 (日本ナシ)、佐賀 (日本ナシ) など被害は東北地方を中心に広がっています。
事業名
農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業 (実用技術開発ステージ)
事業期間
平成23年度~平成25年度
課題名
リンゴ、ナシ産地を蝕む「ヒメボクトウ」に対する複合的交信かく乱防除技術の開発
研究実施機関
千葉大学、福島県農業総合センター果樹研究所、信越化学工業など
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