生物系特定産業技術研究支援センター
《こぼれ話14》オリーブ果実 (マスリン酸) でロコモ改善
2020年10月1日号
骨格筋の維持で機能性表示食品に
超高齢社会の到来で膝や腕など運動器の障害によって、高齢者が「要介護」となるロコモティブシンドローム (運動器症候群、略してロコモ) が大きな問題となっています。関節の痛みや筋肉の衰えなどは運動器症候群につながっていきますが、兵庫県立大学や日本製粉株式会社の研究によって、オリーブ果実に含まれるマスリン酸が軽~中強度の運動と併用することで膝の関節の痛みを和らげ、骨格筋量を増やす効果を示すことが分かりました。マスリン酸を含むサプリメントは、科学的根拠を基に一定の健康効果を表示できる「機能性表示食品」として消費者庁に受理されています。
膝の痛みの改善と筋肉量の増加
高齢者が身体の運動機能 (移動機能) を正常に維持するためには、関節が痛みなくスムーズに動き、適切な骨格筋量を維持することが必要です。また、高齢になると膝の痛みなどの症状が起きやすくなりますが、その症状を誘発する炎症をどう抑えるかも重要なポイントになります。永井成美・兵庫県立大学環境人間学部教授らは、動物の関節組織で高い炎症抑制効果が報告されているオリーブ果実に含まれるマスリン酸 (写真1) に着目し、身体運動機能の改善の効果について研究しました。 その結果、マスリン酸を摂取していなかった群では痛みのスコアが低下せず、骨格筋量も変化しなかったのに対し、マスリン酸の摂取群は膝の痛みのスコアが10%近く低下し、両腕や体幹の骨格筋量が数%増えることが分かりました。また、歩行速度や足の筋力では両群に差は見られませんでしたが、利き手の握力は摂取群でのみ統計的に意味のある増加が認められました。 |
永井教授は「高齢者の骨格筋量を増加させるには一般的には高強度の運動を高頻度で行う必要がありますが、低~中程度の運動でも、マスリン酸の摂取と併用すれば、筋肉量が増加し、身体ロコモーション機能を維持・改善し、介護を予防し得る有効な策になることが示唆されました」と研究成果の意義を話しています。
オリーブの搾りかすからエキスを抽出
日本のオリーブ油の9割以上は瀬戸内海にある小豆島 (香川県) で生産され、その製造過程で発生する搾りかすにはマスリン酸が最大で0.4%程度含まれています。日本製粉株式会社はこのマスリン酸の抽出製造方法を開発し、マスリン酸を10%含むオリーブ果実マスリン酸の製造に成功しました。
このオリーブ果実エキスを、関節炎を人為的に引き起こしたマウスに摂取させたところ、エキスを与えないマウス (コントロール群) に比べて、マウスの前足の腫れが抑制されるなど、関節炎を予防する効果が見られました (図1)。この実験はヒトの抗関節炎作用を裏付けるデータにもなります。
オリーブ果実の搾りかすからの商品開発や一連の研究は地域農業の活性化に貢献するだけでなく、超高齢社会における運動器症候群 (ロコモ) の予防、ひいては健康寿命の延伸にも貢献することが期待されています。
マスリン酸とは
マスリン酸は一般の人にはなじみのない物質ですが、動植物で作られる脂溶性成分のひとつで、トリテルペンと呼ばれる天然物質です。微生物などから果実を守る働きをします。抗炎症作用、抗酸化作用などさまざまな機能が報告されています。
事業名
戦略的イノベーション創造プログラム (SIP)「次世代農林水産創造技術」
事業期間
平成26年度~平成30年度
課題名
運動・身体機能維持を促す次世代機能性食品の創製
研究実施機関
兵庫県立大学、日本製粉株式会社など
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こぼれ話の①~⑱は日本語と英語で読めます。その18話を冊子『日本の「農と食」 最前線-英語で読む「研究成果こぼれ話」』にまとめましたのでご覧ください。