生物系特定産業技術研究支援センター
《こぼれ話15》低リジン飼料で霜降り豚肉の誕生
2020年10月15日号
豚で霜降り肉誕生
霜降り肉といえば、多くの人は「松坂牛」や「但馬牛」などの黒毛和牛を連想するでしょうが、えさに含まれるアミノ酸の組成を変える技術によって、豚でもジューシーで柔らかい「霜降り肉」が誕生しています。この技術は、養豚生産者の収入増につながるだけでなく、日本産の豚肉を高級霜降り豚肉として海外に輸出することにも貢献できそうです。
アミノ酸のリジンを減らして脂肪を増やす
霜降り豚肉など高品質の食肉と飼料成分に関する研究開発を行っているのは、高橋伸一郎・東京大学大学院農学生命科学研究科教授や勝俣昌也・麻布大学獣医学部教授らを中心とする研究グループ。動物が成長するためには、各種アミノ酸から成るタンパク質の豊富な飼料が欠かせませんが、アミノ酸の一種のリジンの割合を減らした飼料を豚に与えると筋肉に脂肪が多く蓄積することを発見しました。
さらに最近の研究から、特定のアミノ酸を減らすと筋肉や肝臓など脂肪が蓄積する部位が変わることが分かってきました。
高橋氏らは成長期の豚にリジンを減らした飼料を与える試験を行いました。11頭の豚を2群に分け、リジンの割合が0.4%の低リジン飼料と0.65%の飼料 (対照群) を2カ月間、それぞれの群に与えて、霜降りの割合に差が生じるかを調べました。その結果、低リジン飼料で育った豚肉のロース (写真1) の脂肪含量は平均6.7%と対照群 (写真2) の3.5%の約2倍もありました。肉眼で見てもすぐにわかるほどの差です。飼料中のリジンの濃度が少ないほど脂肪交雑が増える用量依存的な関係も分かりました。
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育種交配で生まれた豚に応用
一方、この実験とは別に、岐阜県畜産研究所と旧農業生物資源研究所 (現・農研機構) は2009年、育種交配によって、通常の豚よりも脂肪交雑が多い種豚「ボーノブラウン」(デュロック種) を開発しました。「ボーノ」はイタリア語で「おいしい」の意味です。しかし、このボーノブラウンを交配させてつくった豚 (3元交雑種のボーノポーク) では肥育するときにボーノブラウンほど脂肪交雑が多くならないという課題がありました。
そこで、育種と飼料の双方の研究者が研究成果を出し合う形で協力し、アミノ酸の調節で脂肪交雑が増える研究成果をボーノポークに活用することになりました。その結果、リジンの含量を調整した専用飼料を与えることによって、霜降り割合の高いボーノポーク (写真3) が開発されました。肉のうま味と脂の甘味が絶妙に感じられるブランド豚の誕生です。
霜降り具合を数値で評価
飼料と肉質の実証試験にも参加してきた「中濃ミート事業協同組合」(岐阜県関市) が現在、ボーノポークの食肉処理から販売までを一手に引き受けています。食肉処理場ではロース部位のカット面を1頭ずつ観察し、霜降り具合の5段階評価スコアで上位「2」以上をボーノポークと認めて出荷しています。豚肉の霜降り具合を数値で評価するのは全国でも珍しいケースです。 日本一のブランド豚を目指し、すでに地域名を冠したブランド豚がデビューしています。瑞浪市内に農場をもつ「カタノピッグファーム」が生産している「瑞浪 (みずなみ) ボーノポーク」のほか、「山県 (やまがた) ボーノポーク」や「揖斐川 (いびがわ) ボーノポーク」です。 岐阜県内で生産・出荷される豚の1割程度をボーノポークが占めます (2020年10月時点)。主に専門の精肉店や小規模なスーパーで販売され、大型スーパーでは販売されていません。瑞浪市内にはハム工房も誕生し、家庭でもちょっとぜいたくな豚肉料理 (写真4) が楽しめるようになりました。 |
将来は他の家畜にも応用可能
アミノ酸の量を調節する飼料技術は、鶏や魚の養殖業にも応用可能です。鶏に低タンパク飼料を与えると、とろけるような柔らかいレバーができ、魚に与えれば、脂の乗った高級ブランド魚が誕生することも期待されています。将来的には岐阜発の高級霜降りブランド豚が海外に輸出される計画も進んでいます。
事業名
イノベーション創出強化研究推進事業
事業期間
平成22年度~平成26年度
課題名
アミノ酸シグナルを利用した高品質食資源の開発技術の確立
研究実施機関
東京大学大学院農学生命科学研究科
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こぼれ話は毎月1日、15日に更新予定です。
こぼれ話の①~⑱は日本語と英語で読めます。その18話を冊子『日本の「農と食」 最前線-英語で読む「研究成果こぼれ話」』にまとめましたのでご覧ください。