生物系特定産業技術研究支援センター
《こぼれ話19》クロマツ盆栽がEUへ輸出可能に
2020年12月15日号
日本産のクロマツ盆栽が2020年10月から、欧州連合 (EU) へ輸出できるようになりました。日本文化の象徴ともいえるマツ盆栽は、EUをはじめ海外で高い人気を誇りますが、これまでEUは植物防疫上の理由で日本からのクロマツ盆栽の輸入を禁止していました。しかし、香川県農業試験場病害虫防除所などの研究調査の結果、EUが危惧するような病害虫の発生がなく、病害虫を防除する技術も確立されたことから、EUの規則が改正され、ようやく輸出が可能となりました。マツ盆栽で全国の約8割のシェアを占める香川県高松市では、EUへの輸出が生産農家の悲願だっただけに、輸出解禁は産地活性化の起爆剤になると大きな期待を寄せています。
EUへの輸出解禁に向けて研究コンソーシアム結成
マツの盆栽には主にクロマツ、ゴヨウマツがあります。海外でも「BONSAI」として人気を集め、海外への販路拡大が期待されていますが、どの国へも自由に輸出できるわけではありません。
病害虫の侵入を警戒するEUは、ゴヨウマツに限っては特別な条件を課して輸入を認めていました。しかし、クロマツについては、葉がサビのようにオレンジ色になる「葉さび病」とマツの木にこぶのようなふくらみができる「こぶ病」という病気の侵入を防ぐため、日本からのクロマツ盆栽の輸入を禁止していました。
こうした中、日本有数のマツ盆栽の産地である香川県はEUへの輸出の実現に向け、2017年度から農研機構や筑波大学、盆栽生産農家の小西幸彦さんらと研究コンソーシアムをつくり、病虫害の実態調査と防除方法の開発を進めてきました。
病害虫の防除方法を開発
病害虫の発生調査はマツ盆栽の産地として知られる香川県高松市の鬼無 (きなし) 町と国分寺町で2017年度から3年間行われました。クロマツやゴヨウマツの盆栽を調査したところ、葉さび病の中間宿主 (※脚注) となるキハダが周辺になく、マツ盆栽での発生は認められませんでした。こぶ病の中間宿主となるアラカシなどのコナラ属やクリの樹は周囲にありましたが、これらの中間宿主やマツ盆栽でのこぶ病の発生は確認できませんでした。
また、これまでの研究結果から輸出向けマツ盆栽の防除暦を作成しました。その防除暦の実用性を確かめるため、鬼無町と国分寺町にゴヨウマツとクロマツ盆栽に防除暦どおり、マンゼブ水和剤 (殺菌剤) などの薬剤を散布したところ、問題となる病害虫が発生せず、新しい防除暦の実用性が高いことを実証しました。
こうした研究成果を基に農林水産省はEUの植物防疫担当部局と協議を積み重ね、2020年10月1日から輸出解禁が実現しました。とはいっても、すぐに輸出が始まるわけではありません。今後の輸出にあたっては、
- 連続した2年間、植物防疫所に登録された圃場で栽培管理する
- 年に6回は植物防疫所の検査を受ける
- 植物防疫官による輸出検査に合格する
などの検疫措置が必要になります。このため、本格的な輸出は2年間の栽培管理を経たあとの2023年以降になりそうです。
高松市の地場産業は活性化へ
EUへの輸出解禁に大きな喜びにわくのは高松市の盆栽農家です。国内の盆栽需要は低迷していますが、海外への販路開拓は順調に進んでいます。高松盆栽輸出振興会はこれまでにEUを中心に輸出促進のための商談会を毎年行い、海外からバイヤーを招いてきました。盆栽の半分近くをEUに輸出してきた小西幸彦・同振興会会長 (写真2) は「EUへの輸出解禁は、盆栽農家の所得向上や地域の産業の活性化につながります。これを機にさらに日本の伝統芸術を後世に伝えていきたい」と今後の輸出拡大に意欲的に取り組んでいます。
※中間宿主 (ちゅうかんしゅくしゅ)
葉さび病菌やこぶ病菌はその生活史の中で二つの全く異なる種類の植物の間を往復して過ごす性質を持っています。二つの異なる宿主植物のうち、より経済的な被害をうけるマツ類を宿主、そうでないキハダやコナラなどを中間宿主と呼びます。これらの中間宿主がマツ盆栽園地の300m以内になければ、マツへの葉さび病やこぶ病の発病は免れます。
事業名
革新的技術開発・緊急展開事業 (うち経営体強化プロジェクト)
事業期間
平成29年度~令和元年度
課題名
マツ盆栽等の輸出解禁・緩和に必要となる病害虫防除方法の開発
研究代表機関
香川県農業試験場病害虫防除所 (マツ盆栽等輸出解禁・緩和研究コンソーシアム)
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