生物系特定産業技術研究支援センター

《こぼれ話23》イサダから健康によいパウダー

2021年4月15日号

SDGs目標3.すべての人に健康と福祉を SDGs目標9.産業と技術革新の基盤をつくろう SDGs目標14.海の豊かさを守ろう

イサダから8-HEPEの抽出に成功

東北の三陸沿岸の海にはオキアミの一種のイサダ(ツノナシオキアミ)が豊富にいます。小さなエビのような形をしていて食用にもなっています(写真1)。そのイサダから、動脈硬化や肥満など生活習慣病の予防につながる健康に良い油として期待される「8-ヒドロキシエイコサペンタエン酸」(8-HEPE=8ヒープ)を取り出すことに公益財団法人・岩手生物工学研究センター(岩手県北上市)が成功しました。イサダからとれる付加価値の高い素材の利用が広がれば、イサダの魚価安定、ひいては三陸地域の水産業の活性化が期待されています。

写真1 : 食用にもなるイサダ(岩手生物工学研究センター提供)

粉末パウダーがまもなくネットで販売

イサダから抽出される付加価値の高い食材として最も注目されているのは、イサダオイルを粉末にした「桜こあみパウダー」(写真2)です。その特色はイサダ特有の新規機能性成分の8-HEPEを多く含んでいることです。岩手県大船渡市の株式会社國洋は2020年に工場(写真3)をつくり、イサダ関連の粉末製品などの生産を始めています。2021年度は100tの原料生産を予定し、近くネット通販やテレビショッピングを通じて消費者に販売する準備を進めています。

もともとオキアミ(クリルともいう)には健康によいことで知られるエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)といったオメガ3系脂肪酸が豊富に含まれていますが、岩手生物工学研究センターや株式会社國洋などは同じオメガ3系ながら、イサダに特有の8-HEPEを取り出すことに成功しました。

岩手医科大学を中心に行われたこれまでの研究報告から、8-HEPEは動物実験などで動脈硬化の抑制、悪玉コレステロール(LDL)の抑制と善玉コレステロール(HDL)の増加、肝臓脂肪の抑制効果が認められており、なかでも脂肪燃焼促進作用やHDL増加作用はEPAよりも高いことが報告されています。今後、人でも同様の効果が認められれば、大きな市場性が期待できます。欧米ではオメガ3系脂肪酸の油がサプリメントして流通し、数百億円規模のマーケットになっています。

写真2 : サプリメントの「桜こあみパウダー」(株式会社國洋提供)
写真3 : 大船渡市にできた新工場(株式会社國洋提供)

粉末で長期間の冷凍保存が可能

粉末パウダーの誕生の裏には多くの技術革新がありました。8-HEPEなどをサプリメントやその原料として流通させるには、漁獲されたイサダを長期間、保存する必要があります。地方独立行政法人・岩手県工業技術センターはマイナス40度以下の冷凍保存で機能性成分の分解を20%以下に抑え、1年間冷凍保存できることを見出しました。

また、岩手県工業技術センター、香川大学、京都先端科学大学は冷凍のイサダから分離したイサダオイルと8-HEPEを使いやすい粉末にすることにも成功しました(写真4)。粉末にすることでオイルの酸化が抑えられ、冷蔵保存が可能になったのです。

写真4 : 粉末化されたイサダオイル(岩手生物工学研究センター提供)

魚価低迷で新たな販路開拓

岩手、宮城、福島などの沖では毎年3~4月、春を告げる「イサダ漁」(写真5)が盛んになります。1970年代には養殖魚や遊漁の餌として利用されていましたが、養殖産業やレジャーの変化などで年々、需要が減り、かつては1kgあたり100円前後であったものが、最近は50円台と低迷し、イサダ操業船も過去10年余りで50隻程度に半減しました。この危機的状況の打開策として期待されているのが、桜こあみパウダーをはじめとするイサダ関連製品です。イサダからは飼料として活用できる動物性タンパク質、甲殻類のうまみ・香気成分を含むエキスも抽出でき、無駄なく有効利用できます

イサダを活用した高付加価値素材の利用が全国的に広がれば、漁業者だけでなく、三陸の水産加工業の活性化にもつながります。一連の研究開発を率いてきた山田秀俊・帝京科学大学生命環境学部講師(元岩手生物工学研究センター主任研究員)は「三陸特有のイサダの有効活用は三陸の水産業の振興と同時に健康長寿社会の実現にも貢献できる」とイサダ関連製品の需要拡大に大きな期待を寄せています

写真5 : イサダを捕って帰港した漁船(岩手生物工学研究センター提供)

事業名

革新的技術開発・緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)

事業期間

平成29年度~令和元年度

課題名

三陸産イサダを全利用した高付加価値素材の効率的生産体系構築

研究実施機関

岩手生物工学研究センター、岩手県工業技術センター、株式会社國洋、香川大学、京都先端科学大学ほか


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