生物系特定産業技術研究支援センター
《こぼれ話33》イチジクを病害から救う農家待望の台木が誕生
2022年2月28日号
イチジクの安定生産を阻害する「株枯(かぶがれ)病」に強い台木新品種「励広台(れいこうだい)1号」が広島県立総合技術研究所農業技術センターや農研機構果樹茶業研究部門によって開発されました。株枯病は農薬による防除が難しいだけに、新しい台木の誕生はイチジク産地の活性化につながると大きな期待が寄せられています。
株枯病の発生状況と問題点
イチジクの主な産地は和歌山、愛知、大阪、兵庫などです。イチジク株枯病は1981年に愛知県で初めて確認され、全国へ広がりました。2021年度は、栽培面積の約2割でこの病気が発生していると推測されています。この株枯病はイチジクで最も深刻な病害のひとつで、株枯病菌(カビの一種)が引き起こします。この菌に感染すると、葉が萎れて変色し、やがて樹全体が枯死します(写真1)。土壌中に株枯病菌が残るため、病気が発生した土壌では新しい苗木を植えても、また感染し、数年のうちには枯れてしまいます。殺菌剤を土壌に注入する方法もありますが、安定した防除効果を得るために年間6回の注入を毎年行う必要があり、費用と労力の面から中々普及が進まないのが現状です。
写真1:株枯病で枯死したイチジク
(広島県立総合技術研究所農業技術センター提供)
種間交雑で生まれた救世主
こうした状況を打開する救世主として現れたのが新しい台木品種の「励広台1号」です。土壌中に株枯病菌がいても枯れない性質をもっています。この台木に栽培したいイチジクを接ぎ木すれば、すくすくと育ち、実をつけるわけです。
イチジクと同じ属の野生種であるイヌビワが株枯病に強いことは知られていましたが、イヌビワを台木にしてイチジクを接ぎ木してもうまく活着せず、枯れてしまいます。そこでイヌビワと同様に株枯病に強く、イチジクの活着しやすい台木の開発が始まりました。
様々な組合せ等を試みた結果、異なる種であるイチジクとイヌビワを交雑させて種間交雑体(写真2)を作ることができました。それに別のイチジクを交配させることで株枯病に強い新品種が生まれ、さらにイチジクの台木に使えることも確認されました。これが「励広台1号」です。株枯病で困っている産地を広く、励ます台木の第1号という願いを込めて、「励広台1号」と名付けられました。
「励広台1号」は、株枯病菌を接種して病気への抵抗性を調べる試験で、従来の台木よりも株枯病に強く、イヌビワと同程度の抵抗性を示すことが確認されました。
写真2:イチジクとイヌビワの交配でできた種間交雑体
(農研機構提供)
「励広台1号」接ぎ木樹の収量や品質は自根樹と同等
株枯病への抵抗性を確認しただけでは、まだ問題解決の半分です。現在国内で広く栽培されている「桝井(ますい)ドーフィン」(写真3)や「蓬莱柿(ほうらいし)」などの穂木を「励広台1号」に接ぎ木して、品質の良い果実をつけるか、安定した収量が得られるかが次の課題となりました。
大阪府立環境農林水産総合研究所が「桝井ドーフィン」を接ぎ木した「励広台1号」台樹をほ場で栽培したところ、経営的に採算の合う指標とされる1樹あたり30.5kg以上の収量目標を3年目で達成でき、果実品質は「桝井ドーフィン」の自根樹と差がないことが分かりました。
また、広島県立総合技術研究所農業技術センターは「蓬莱柿」(写真4)を接ぎ木してほ場へ定植し、4年間、自根樹と比較しました。その結果、果実重、糖度は自根樹と同等であり、収量は生産目標の10a当たり2,500kgに定植4年目でほぼ達しました。
福岡県が育成した品種「とよみつひめ」(写真5)についても福岡県農林業総合試験場豊前分場で同様の試験が行われました。糖度は自根樹よりも高く、収量、品質は差がないことが実証されました。
「励広台1号」を台木としたイチジク苗木は、2022年秋から一般社団法人日本果樹種苗協会に加盟し、利用許諾を受けた事業者を通じて販売が開始されます。なお、台木だけの販売はありません。長年開発に携わってきた広島県立総合技術研究所農業技術センター果樹研究部の軸丸祥大副部長は「本事業の成果によって、ようやくイチジク生産者のニーズにこたえられる台木ができました。これで減農薬栽培も可能となり、イチジク産地の活性化に貢献できます。」と、今後の広がりに期待しています。
写真3:桝井ドーフィン (大阪府立環境農林水産 総合研究所提供) |
写真4:蓬莱柿 (広島県立総合技術研究所農業技術 センター提供) |
写真5:「とよみつひめ」 (福岡県農林業総合試験 場提供) |
事業名
イノベーション創出強化研究推進事業(開発研究ステージ)
事業期間
平成29年度~令和3年度
課題名
野生種イヌビワとの種間交雑体を利用したイチジク株枯病抵抗性台木新品種の開発
研究実施機関
広島県立総合技術研究所農業技術センター(代表機関)、大阪府立環境農林水産総合研究所、福岡県農林業総合試験場、農研機構果樹茶業研究部門
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こぼれ話の1~18は日本語と英語で読めます。その18話を冊子『日本の「農と食」 最前線-英語で読む「研究成果こぼれ話」』にまとめましたのでご覧ください。