生物系特定産業技術研究支援センター

《こぼれ話35》タマネギのケルセチンが認知機能の維持に有効

2022年4月27日号

日本では65歳以上の高齢者が約3,640万人(2021年9月、総務省調べ)と人口の約3割を占め、そのうち6人に1人は認知症を患っているといわれています。こうした中、タマネギに含まれるケルセチンが加齢に伴って低下する認知機能の維持に役立つことが農研機構や北海道情報大学、岐阜大学などの共同研究で分かりました。また、ケルセチンを多く含むタマネギを機能性表示食品として販売するための手続きも進められています。

ケルセチンの多い『さらさらゴールド』

タマネギは、どれも同じように見えますが、北海道北見市とその周辺で栽培されている「さらさらゴールド」という品種は、高級感漂うおしゃれなロゴ付(写真1)で売られています。

この品種の最大の特色は、ケルセチンという成分が他のタマネギに比べて多く含まれていることです。ケルセチンは、野菜や果物、緑茶などにも含まれるポリフェノールの一種です。抗酸化作用などがあり、心筋梗塞による死亡リスクの低下など生活習慣病の予防効果が期待されています。

株式会社植物育種研究所(北海道栗山町)社長で「タマネギ博士」の異名をもつ岡本大作さんは、世界中から300種類以上のタマネギを取り寄せ、ケルセチン含有量の高いもの同士を交配させて「さらさらゴールド」を育成しました。タマネギには、産地や品種によって差はあるものの、100g当たり10~50mgのケルセチンが含まれているのに対し、「さらさらゴールド」には安定して100g当たり50mg程度含まれており、市販されているタマネギの中ではケルセチン含有量が最も多い品種です。


写真1 : ケルセチンの豊富なタマネギ「さらさらゴールド」

臨床試験で認知機能維持の効果を実証

岐阜大学の報告で、ケルセチンを混ぜた給餌による年を取ったマウスの認知機能改善が明らかにされたことを受け、農研機構食品研究部門(茨城県つくば市)の小堀真珠子食品健康機能研究領域長と北海道情報大学(北海道江別市)などの研究グループは、60~80歳の健康な男女70人を対象に臨床試験を行いました。70人を2群に分け、一方にはケルセチン含有量の多い「さらさらゴールド」の粉末を1日1回11g(中玉2分の1個に相当し、ケルセチンの量は50mg)、もう一方にはケルセチンを含まないタマネギの粉末を同量、それぞれ24週間食べてもらい、摂取後に認知機能テストを実施しました。この試験は、誰がどちらのグループに属しているかを参加者はもちろん試験の実施者にも知らせずに行うプラセボ対照二重盲検並行群間比較試験という信頼性の高い評価法で行われました。

その結果、24週間ケルセチン含有量の多い粉末(写真2)を食べた人は、ケルセチンを含まない粉末を食べた人に比べて認知機能検査の点数が高くなりました。この認知機能検査(ミニメンタルステート検査)は「きょうは何曜日ですか」、「ここは何地方ですか」、「100から順に7を引いてください」など11の質問を行い、正解の数で点数をつけるテストです。

これにより、岐阜大学がマウスの実験で明らかにしたケルセチン摂取による認知機能の維持が人でも確かめられました。


写真2 「さらさらゴールド」の粉末

前向きな気分の維持にも有効

また、この試験では抑うつ状態への効果も調べました。ケルセチン含有量の多い粉末を食べた人は、そうでない人に比べて、摂取24週間後に携帯情報端末を用いた脳機能検査の点数がより大きく下がり、抑うつ状態が抑えられていました。このことは、ケルセチンの摂取が前向きな気分の維持に役立つことを示しています。この脳機能検査は島根大学医学部などが開発した携帯情報端末向けアプリケーションです。例えば、「新しいことを学びたいと思いますか?」などと尋ね、「いいえ」、「どちらかといえばいいえ」、「どちらかと言えばはい」、「はい」の答えを選んでもらい、心の状態を評価します。40点以上が軽度のうつ傾向と判定されます。

これらの試験から、ケルセチンを多く含むタマネギを食べ続けることで、加齢に伴い低下する認知機能の維持に役立ち、前向きな気分が維持されることが示唆されました。

機能性表示食品の販売を目指して

「さらさらゴールド」は、現在、北海道北見市とその周辺で17戸の農家が約10ha栽培しています。2021年の収穫量は約417tでした。全国のタマネギの約6割を供給する北海道の生産量(約84万t)に比べるとまだわずかな量ですが、毎年10月~翌年3月に各地のスーパーマーケットやデパートで販売されています。

「さらさらゴールド」を育成した株式会社植物育種研究所は、2022年2月、認知機能の維持に役立つ機能などを表示できる機能性表示食品として「さらさらゴールド」を消費者庁に届け出ました。2022年秋までの受理を目指しています。

研究を主導してきた農研機構食品研究部門の小堀真珠子食品健康機能研究領域長は「身近なタマネギを食べることが加齢に伴い低下する認知機能の維持に役立てば、健康寿命の延伸にもつながる可能性があります。」と今後の普及への期待を語ってくれました。

事業名

「知」の集積と活用の場による革新的技術創造促進事業(うち「知」の集積と活用の場による研究開発モデル事業)

事業期間

平成29年度~令和2年度

課題名

脳機能改善作用を有する機能性食品開発

研究実施機関

農研機構食品研究部門、農研機構東北農業研究センター、株式会社植物育種研究所、北海道情報大学、東海国立大学機構岐阜大学等


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