生物系特定産業技術研究支援センター

《こぼれ話40》パンやしょうゆに適した小麦新品種が佐賀と大分で普及拡大

2022年11月8日号
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小麦は収穫期に雨があたるとしばしば穂発芽(※1)し品質が低下することがあるため、生産者や実需者を悩ませています。しかし、日本では、本州を中心に小麦の収穫期は梅雨期にあたることが多く、収穫期の雨は避けられないことから、品質を安定させるために穂発芽しにくい品種の育成が望まれてきました。

このような中、平成30年に育成された穂発芽しにくい品種「はる風ふわり」と「はるみずき」の普及が進んでいます。「はる風ふわり」は、製パン適性に優れており、佐賀県の奨励品種(※2)に採用されました。また、「はるみずき」はパンやしょうゆ醸造に適しており、大分県の認定品種(※3)に採用されました。両品種とも今後のさらなる普及拡大が期待されます。

穂発芽による商品価値の低下を防ぐ

西日本地域ではこれまでパン用小麦品種として主に「ミナミノカオリ」が栽培されてきました。「ミナミノカオリ」は成熟期が遅く、穂発芽しやすい(写真1)ため、収穫期が梅雨時期に重なり雨が多い年には穂発芽により品質が著しく低下する問題がありました。穂発芽したか、または穂発芽の前段階となった小麦は、種子に含まれる澱粉やタンパク質の分解が起こるため、加工時にパンがふくらまなくなるなど、製パン適性が低下することから、小麦の等級(※4)や品質のランク(※5)が下がってしまいます。

このため、成熟期が早く、穂発芽しにくい製パンにより適した小麦品種の開発を目指し、農研機構九州沖縄農業研究センターは「はる風ふわり」を、農研機構西日本農業研究センターは「はるみずき」を平成30年に育成しました。両品種とも安定して栽培できる品種として普及が進められています。

写真1 : 「はる風ふわり」と「ミナミノカオリ」の穂発芽耐性の比較。
「はる風ふわり」の方が穂発芽しにくい
(佐賀県農業試験研究センター提供)

「はる風ふわり」は佐賀県でパン用として普及拡大

佐賀県は北海道、福岡県に次ぐ国内第3位の小麦の生産地です。佐賀県では新品種「はる風ふわり」(写真2)を令和3年に奨励品種に採用し、普及を進めています。栽培面積と生産量は令和2年産で51ha、190t、令和3年産で432ha、1,958t、令和4年産で1,011ha、4,553t(見込み)と、3年間で約20倍に増えています。佐賀県農業試験研究センターが作成した栽培マニュアルを活用した技術指導も行われています。令和4年6月に収穫風景がテレビで放映される等の効果もあり、「はる風ふわり」の認知度が高まりつつあります。「はる風ふわり」というネーミングも、焼き上がったパンのふんわり感を連想させます。

写真2 : 収穫期の「はる風ふわり」(佐賀県農業試験研究センター提供)

製パン適性で高い評価

製パン試験では、パン用の小麦原料として世界で最も良質であるといわれる「No.1 カナダ・ウェスタン・レッド・スプリング小麦(1CW)(※6)」を80点としたパンの官能評価において、「はる風ふわり」は81.4点と高い評価を得ました。パンはふっくらして、やわらかく、適度なもちもち感としっとり感があります。

令和3年には「はる風ふわり」をミックスした3種類の家庭用小麦粉「九州佐賀産こむぎ子」シリーズ(写真3)が理研農産化工株式会社(佐賀市)から販売されました。この小麦粉は佐賀県産の小麦100%で薄力粉、中力粉、強力粉をそれぞれラインナップしています。同社は将来「はる風ふわり」100%の小麦粉の販売を目指しています。

写真3 : 「はる風ふわり」を使った小麦粉製品(理研農産化工株式会社提供)

「はるみずき」はしょうゆ醸造用に普及

新品種「はるみずき」(写真4)は令和元年に大分県の認定品種に採用され、急激に栽培面積を増やしています。令和2年秋、約390haで栽培が始まり、今年の播種面積は約1,060haまで拡大する見込みです。従来品種の「ニシノカオリ」や「ミナミノカオリ」に比べて、穂発芽しにくいだけでなく、収穫時期が早いため、梅雨による収量や品質低下のリスクを回避しやすく、収量性や耐倒伏性にも優れています。大分県はしょうゆづくりが盛んな県です。しょうゆの醸造には香ばしさなどを醸し出すため、炒り砕いた小麦が使われます。「はるみずき」はしょうゆ醸造用の小麦として令和3年から使われ始めましたが、令和5年産からはパン用としても使われる予定です。

「はるみずき」の現地普及を契機に、生産者と実需者が一体となって産地全体での生産技術のレベルアップに取り組んでおり、今後、大分県のブランド品となることへの期待が高まっています。

写真4 : 収穫間近の「はるみずき」(大分県農林水産研究指導センター提供)

用語

※1 穂発芽
穂についたままの種子が収穫前に発芽する現象。

※2 奨励品種
各都道府県がその都道府県内で広く普及するために認めた優良な品種。優良品種等と表される場合もある。

※3 認定品種
各都道府県が特定の地域や需要に応じて栽培が必要と認めた品種。優良品種等と表される場合もある。

※4 等級
粒の性状等の見た目によって、1等級・2等級・規格外に分かれる。

※5 ランク
主にたんぱく含有量などの成分・品質によって、A~Dに4区分される。

※6 1CW
No.1 Canada Western Red Spring(No.1カナダ・ウェスタン・レッド・スプリング)の略で、カナダから輸入されているパン用小麦銘柄。No.1は1番上の等級を表している。

事業名

イノベーション創出強化研究推進事業(開発研究ステージ)

事業期間

平成28年度~令和2年度

課題名

実需者ニーズに応じた加工適性と栽培特性を持つ暖地・温暖地向けパン用小麦品種の開発

研究実施機関

農研機構九州沖縄農業研究センター、農研機構西日本農業研究センター、佐賀県農業試験研究センター


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