生物系特定産業技術研究支援センター
《こぼれ話52》樹(き)から造る「木の酒」の開発
2023年10月31日号
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お酒は、米、ブドウ、麦、サツマイモなどを原料として作ることができますが、この原料に樹が加わりそうです。森林総合研究所では、世界で初めて、樹からお酒を製造する技術を開発しました。製造されたお酒「木の酒」には、原料の樹から醸し出される独特な風味が含まれています。
「木の酒」は、新しいジャンルのお酒として市場を形成する可能性がある他、日本の酒や食文化の新しいトレンドとして関心が寄せられています。また、国産材の新たな需要の開拓や山村地域の経済活性化などにも役立つことが期待されます。
【樹から造る「木の酒」】
森林総合研究所では、食器などに使われているスギ、シラカンバ、ソメイヨシノ、ヤマザクラ、ミズナラ、クロモジを原料として、酒の試作に取り組み、醸造・蒸留したお酒の香りや味などの特徴を調べています(写真1)。
写真1:試験製造している「木の酒」
奥の6本が樹種により色の異なる醸造酒、手前の6本が蒸留酒
左からスギ、シラカンバ、ソメイヨシノ、ヤマザクラ、ミズナラ、クロモジ
(森林総合研究所提供)
スギから造るお酒は樽酒に近い香りを有しており、シラカンバから造るお酒は白ワインのようなフルーティな香りや独特な青臭みもある香りを、ソメイヨシノやヤマザクラから造るお酒は桜餅を連想させる華やかな香りを、ミズナラから造るお酒はウイスキーの様な独特な香りを、クロモジから造るお酒は柑橘系とバラの様な独特な甘い花の香りをそれぞれ有しており、樹種ごとに異なる香りを楽しむことができます。
日本には1,200種もの木本植物が存在するといわれています。地域特有の樹種も多く存在しており、それらを用いることで、地域に特化したブランド酒を作ることも可能になります。地域の特色をPRするアイテムとして「木の酒」の魅力は大きいものがあります。
【木材の細胞壁を破壊する新技術の開発】
「木の酒」が製造できるようになった背景には、森林総合研究所等が開発した「湿式ミリング処理技術」の存在があります(写真2)。これは、水中で特殊なビーズと木材を高速回転させながら接触させて、木材をクリーム状になるまで細かく破砕する技術です。同様の技術はなめらかなチョコレートクリームの製造など食品加工業界でも採用されていますが、木材を対象とした例は初めてです。「湿式ミリング処理」により、木材の固い細胞壁を細かく砕くことで、細胞壁中に存在する多糖類の一種であるセルロースを露出させることができます。露出したセルロースを酵素によりブドウ糖に分解し、ブドウ糖を酵母で発酵させるとアルコール度数1~2%の「木の醸造酒」が得られます。醸造酒を蒸留することでアルコール度数30~40%の「木の蒸留酒」が得られます。直径30cm、長さ4mのスギを原料とした場合、アルコール度数35%の「木の蒸留酒」を750ml詰めの瓶として、およそ50本作ることができます。
写真2:湿式ミリング処理装置(生研支援センター撮影)
森林総合研究所の大塚祐一郎氏は、本研究を行うことになったきっかけを「木の酒の製造で重要なプロセスである湿式ミリング処理法は、もともとは木材が微生物に分解される過程を研究するために開発した技術でした。最初はこの技術を使ってメタン発酵によるメタン製造を行なっていましたが、あるとき薬剤を使わないこの方法なら飲用のアルコールも作れるのではないかと思いつき、「木の酒」の製造技術開発を始めました。」と語っています。
【木の酒の社会実装へ向けて】
森林総合研究所では「木の酒」の製造技術について、2018年に特許を出願し、2021年に権利化を行いました(特許第6846811号)。更に令和5年7月には「木の酒」の商業規模での製造工程の確立に向けて、「木質バイオマス変換新技術研究棟(通称:木の酒研究棟)」を研究所の敷地内に林野庁予算により整備しました(写真3)。生研支援センターでは研究に必要な機器類を含む研究開発費を支援しました。研究棟の役割は「木の酒」の製造に係る技術の開発が主ですが、それに加えて事業化を希望する民間企業等への技術移転も目的としています。この研究棟内では、丸太から「木の酒」まで一気通貫で製造する技術を学ぶための研修を受けることができます。また、研究棟の設備を大型化・効率化することで、大量生産も可能になりますので、研修で製造技術を習得する機会を作ることにより、事業化の推進につながることが期待されます。
写真3:木の酒研究棟(森林総合研究所提供)
今後は、「木の酒」の事業化を希望する民間企業と連携し、「木の酒」の事業化に必要な様々な条件を明らかにする計画を立てています。原料に用いる森林資源は山村地域に豊富に存在しています。それらの地域で「木の酒」の事業を展開するための条件、例えば森林資源の量の把握や育成方法の確立、規模に応じた製造計画などを技術移転パッケージとして、提供していく予定です。令和9年度末までに民間企業で2カ所以上の「木の酒」製造所の稼働、製品販売を目指しています。
森林総合研究所の野尻昌信氏は、「「木の酒」は、樹の持つ様々な魅力を"体に取り込む"という非常にユニークなコンセプトをもつ特産品になると考えています。美しい自然環境の中で数十年以上の長い年月をかけて育ってきたというストーリー性を持たせることで格別な価値を付与でき、これまでの酒には無かった新しい楽しみ方になるでしょう。そういう価値を提供できる新しい事業が林業に加わることで、山村地域が活性化することを願っています。」と語っています。
この技術を活用した取組が各地に広がり、どんな樹から、どんな香りのするお酒ができるのか、今後、非常に楽しみですね。
「木の酒」の作り方と特徴は動画で紹介しています。ぜひご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=qy7vC60iWzQ
「木の酒」の作り方
「こぼれ話」シリーズのURLは
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/contents/fukyu/episode/index.html
こぼれ話
本研究課題は、農林水産省が運営する異分野融合・産学連携の仕組み『「知」の集積と活用の場』において組織された「地域創生に資する森林資源・木材の需要拡大に向けた研究開発プラットフォーム」からイノベーション創出強化研究推進事業に応募された課題です。
『「知」の集積と活用の場』のURLはhttps://www.knowledge.maff.go.jp/
事業名
イノベーション創出強化研究推進事業(基礎研究ステージ)
事業期間
令和元年度~令和3年度
課題名
世界初!樹(き)から造る「木の酒」の開発
研究実施機関
森林総合研究所
事業名
イノベーション創出強化研究推進事業(応用研究ステージ)
事業期間
令和4年度~令和6年度
課題名
木の酒の社会実装に向けた製造プロセスの開発と山村地域での事業条件の検討
研究実施機関
森林総合研究所、有限会社さっぷ、エシカル・スピリッツ株式会社
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こぼれ話の1~18は日本語と英語で読めます。その18話を冊子『日本の「農と食」 最前線-英語で読む「研究成果こぼれ話」』にまとめましたのでご覧ください。