生物系特定産業技術研究支援センター

《こぼれ話58》DNAマーカーを活用し、根こぶ病抵抗性のハクサイ新品種を開発

2024年9月11日号

ハクサイは、漬物や鍋物の具材など私たちの食卓になじみ深い野菜の一つですが、全国の生産地では、長年の連作や、近年の異常気象、気候変動により、根が肥大化・変形して、水分や肥料が吸えなくなり、枯れてしまう「根こぶ病」(写真1)が深刻な問題となっています。


写真1:病害により根が肥大化したハクサイ(神戸大学提供)

根こぶ病の原因は、土壌に生息する病原菌です。主な防除方法は土壌改良や殺菌剤などの農薬処理ですが、コストと労力がかかる上に、病気の発生を完全に防ぐことは困難でした。そこで、神戸大学を代表機関とする研究グループは、DNAマーカー選抜(*1)の手法を活用して、複数の根こぶ病抵抗性遺伝子を併せ持つハクサイ新品種の開発に取り組みました。開発された新品種「祭典ネオ70」(写真2)は、複数の根こぶ病菌に抵抗性を持ち、農薬使用を減らすことができるため、生産コストの低減や省力化により、安定生産に貢献することが期待されています。


写真2:ハクサイ新品種の「祭典ネオ70」(渡辺採種場提供)

DNAマーカー選抜による抵抗性の新品種開発

根こぶ病の原因となる菌には多くの型があり、抵抗性を示す遺伝子は型によって異なります。圃場に存在する根こぶ病菌の型に左右されず、幅広く抵抗性を示す品種を開発するには、それぞれの型に抵抗性を示す遺伝子を一つの品種に集積させる必要があります。

これまでの品種育成方法では、異なる型の抵抗性品種を交配して得られた個体一つ一つに様々な型の病原菌を接種し、その発病程度から複数の型の抵抗性が判定された個体を用いてさらに交配するという作業を繰り返す必要がありました。多くの抵抗性遺伝子を併せ持つ品種を開発するには10年余の時間と労力がかかりました。それに対して、DNAマーカー選抜では、ゲノム上で個々の抵抗性遺伝子あるいはその近くに存在するDNA配列を目印(マーカー)として利用することで、どの抵抗性遺伝子を持っているのかを調べることができます。

また、この方法は、葉片などわずかな植物体があれば実施できるため、目的とする遺伝子を持つ個体を、苗の段階で大量の個体から迅速に選抜することができます。ハクサイでは、8種の根こぶ病抵抗性遺伝子が分かっており、研究グループは、抵抗性遺伝子を選抜可能なDNAマーカーを活用することで、複数の抵抗性遺伝子を併せ持つ個体を選抜しました。さらに育種の専門家によって生育特性や栽培性も評価することで、根こぶ病に対する幅広い抵抗性を持ち、かつ、肥大も良く、栽培しやすい新品種「祭典ネオ70」を開発しました。

「祭典ネオ70」は、従来の手法なら10年ほどかかる開発を5年で完了し、6年目に品種登録出願、7年目となる2022年6月から種子の販売を開始しました。

農薬使用を減らし、生産コストを低減、安定生産にも貢献

研究グループの宮城県農業・園芸総合研究所が行った推計によると、根こぶ病防除に使用されている農薬のコストは10aあたり約1万8500円でしたが、実証栽培試験の結果、「祭典ネオ70」は根こぶ病防除に必要な農薬をすべて省略できると評価されました。「祭典ネオ70」を栽培すれば、根こぶ病防除のコストを削減できるだけでなく、防除作業も軽減でき、栽培の省力化につながるため、ハクサイの安定生産に大いに貢献することが期待されます。

また「祭典ネオ70」は、根こぶ病などへの抵抗性のほか、播種後70日くらいで収穫期に達する球肥大性の優れた中早生品種で、結球葉枚数が多く、歯切れの良い肉質も備え、キムチや浅漬け等への加工にも適した優れた品種です。研究グループによれば、2023年時点で茨城、長野、北海道など全国で36 haの作付けが行われており、さらに普及の拡大が見込まれています。

他の病害への対策も進める

研究グループでは、DNAマーカー選抜の手法を活用し、根こぶ病だけでなく、萎黄(いおう)病(*2)、白さび病(*3)のいずれにも抵抗性を持つ高度病害抵抗性のハクサイ品種のほか、萎黄病・白さび病抵抗性のコマツナ品種の開発も進めています。研究統括者の神戸大学・藤本龍准教授は「ハクサイなどの病害を抑える研究は、農薬削減によるコスト低減、省力化によって生産現場を守るとともに、新鮮な野菜を安定して供給することにつながります。」と話しています。

用語

*1 DNAマーカー選抜 生物のゲノム(遺伝情報の集合体)のDNA(デオキシリボ核酸)配列は個体ごとに違いがあるため、その違いを目印(マーカー)にして目的の遺伝子を持つ個体を選抜する手法です。本研究では、病害抵抗性にかかわる遺伝子やその近くのDNA配列の違いを、植物の組織からDNAを抽出しPCR検査にかけるという方法で調べることで、抵抗性遺伝子を持つ個体の効率的な選抜が可能になりました。

*2 萎黄病 フザリウム菌という糸状菌の一種による土壌病害。根から感染し、進行すると下葉が黄変し、その部分の生育が悪くなり、葉や株がよじれ奇形化して枯死に至ります。

*3 白さび病 ハクサイなどアブラナ科の野菜に発生する糸状菌による病害。葉の表面や裏面に黄色の斑点が現れ、症状が進行すると乳白色の斑点になって周囲に広がり、株全体が白くなります。

「こぼれ話」シリーズのURLは
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/contents/fukyu/episode/index.html


こぼれ話

事業名

イノベーション創出強化研究推進事業(開発研究ステージ)

事業期間

平成30年度~令和4年度

課題名

高度病害抵抗性アブラナ科野菜品種の育成

研究実施機関

神戸大学、帯広畜産大学、株式会社渡辺採種場、宮城県農業・園芸総合研究所


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