生物系特定産業技術研究支援センター
《こぼれ話59》消石灰の消毒効果を色で見える化する技術の実用化
2024年9月18日号
家畜伝染病対策に不可欠な資材である消石灰は、雨水中や大気中の二酸化炭素などと反応すると、消毒効力が弱まり追加散布が必要となります。しかし、効力低下は見た目では判断できないため、追加散布をタイミング良く行えないことが課題となっています。室蘭工業大学を代表機関とする研究グループは、酸塩基指示薬として用いられる染料のリトマスを使用することで、消石灰の消毒効力の有無を色で判断できる液状タイプの可視化剤(商品名「リトアクア」)を開発し、実用化することに成功しました(写真1)。消石灰に2~3滴落とし、白から赤紫色に変化すると効果なし、白から青色に変化すると効果ありと、瞬時に判断できます(写真2)。本成果は、農林水産省「2020農業技術10大ニュース」に選定され、令和4年度北海道新技術・新製品開発賞ものづくり部門奨励賞も受賞しており、家畜伝染病対策への貢献が期待されます。
写真1:リトアクア(室蘭工業大学提供)
写真2:リトアクアで消石灰の有効性を瞬時に判断可能(室蘭工業大学提供)
消石灰有効性可視化剤「リトアクア」の開発・実用化の経緯
家畜伝染病は、我が国の畜産業にとって重大な問題となっています。鳥インフルエンザは、令和4年度に過去最大となる約1,771万羽が殺処分されています。また、豚熱(CSF)は平成30年の初発以降、発生が続き、これまでに約36.8万頭が殺処分されています。
このような家畜伝染病の対策において、細菌やウイルスを構成するタンパク質を分解する強アルカリ性の消石灰は、必要不可欠な資材です。消石灰は消毒用として、発生の予防(農場出入口、畜舎周辺、畜舎内)や、発生時のまん延防止、埋却等に利用されていますが、大気・雨水中の二酸化炭素と反応してpHが低下すると、消毒効力が弱まるため、追加散布が必要です。しかし、消毒効力の低下は見た目では判断できないことから、適切なタイミングで追加散布を行えないことが課題となっていました。そこで本研究課題の研究グループは、pH指示薬として用いられる染料のリトマスと、一定濃度の緩衝剤との混合液を使用することで、アルカリ性低下による消毒効力の有無を色で判別する可視化剤の開発に取り組みました。
開発当初は、色付きの乾燥剤(シリカゲル)をヒントに、散布した後も継続的に消毒効力を判定できるので便利だろうと考え、可視化剤を混ぜた着色消石灰を試作しました。ところが、試作品(着色消石灰)を畜産関係者に散布してもらったところ、数日で色が消える事象が発生し、期待した効果は得られませんでした。調べてみると、どうやら光により色素が分解されてしまうことがわかりました。
この課題を解決に導いたのが、畜産関係者からの「消石灰はいろいろなところにまくし、可視化するのは"その場"がいい」とのコメントでした。このコメントを基に、現場においてリアルタイムで消石灰の効果を確認できる、液状タイプの商品にすることが決まりました。液状タイプにすることにより、どこにまかれた消石灰でも、気になるポイントに滴下するだけで、消毒効力をいつでもチェックできます。また、滴下してすぐに効果を確認することで、色素が光に分解される欠点も克服できました。
こうして開発された消石灰有効性可視化剤が「リトアクア」であり、特許も取得しました。当該特許の実施許諾を受けた室蘭工業大学発のベンチャー企業である株式会社コアラボが製造し、JA全農から令和4年6月に販売を開始して、累計3700本超、販売しています。利用者からは、「消石灰の交換タイミングが明確になった」、「防疫指導の中でも非常に役に立っている」との声を頂いております。
使いやすい粒状消石灰も開発
消毒用の消石灰は粉状であるため、飛散しやすく、効果の持続期間が短いことも課題となっています。そこで研究グループは、消石灰の粉末をゼオライトと混合して粒状化した、粒状消石灰を開発しました。ゼオライトは消臭剤や飼料として利用されており、保肥力向上も期待できることから肥料としても広く利用されています。作製した粒状消石灰は、粉状と比べて飛散しにくく、5倍以上の期間、高pHの状態が持続します。この試作品について、1道9県の計809戸の畜産農家等で大規模実証試験を実施したところ、利用者の約9割から「散布しやすい」、8割以上から「購入意欲がある」という声を頂きました。
また、配合等の工夫により製造コストの低減が実現できたことから、今後は2000トン/年規模の大型プラントで、石灰メーカーによる量産体制、JA等による販売体制の構築を目指しています。
畜産関係者のニーズに基づく開発
研究グループの代表機関である室蘭工業大学の山中真也教授は、本研究について「消石灰散布にともなう肉体的・精神的な負担を少しでも軽減できれば、この想いから「リトアクア」はうまれました。多くの畜産関係者からいただいた期待の声、助言がなければ「リトアクア」の商品化や粒状消石灰の開発には至らなかったと思っています。今後は、家畜伝染病の予防に少しでも貢献できるように、消石灰の必要性を広く知ってもらう活動をこれまで以上に進めるとともに、新たな防疫資材の開発に注力します。」と語っています。
「こぼれ話」シリーズのURLは
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/contents/fukyu/episode/index.html
こぼれ話
事業名
イノベーション創出強化研究推進事業(開発研究ステージ)
事業期間
平成29年度~令和元年度
課題名
口蹄疫・鳥インフルエンザ等家畜伝染病防疫のための多機能粒状消石灰の実用化
研究実施機関
室蘭工業大学、ティ・イー・シー株式会社、株式会社コア
こぼれ話は順次英訳版も出しています。英訳版はこちらhttps://www.naro.go.jp/laboratory/brain/english/press/stories/index.html