生物系特定産業技術研究支援センター
《こぼれ話60》野生鳥獣の捕獲情報を管理するアプリケーション「スマートHOKAKU」
2024年11月13日号
長崎県農林部農山村対策室(現:農山村振興課)を代表機関とする研究グループが開発したアプリケーション「スマートHOKAKU」は、捕獲従事者が捕獲情報をスマホで入力することで、簡単に市町村と共有できるツールです。令和6年10月現在で、198の市町村に導入されています。通常、野生鳥獣を捕獲した捕獲従事者は、捕獲情報(写真、捕獲場所・日時・捕獲個体情報等)を紙に書いて市町村に提出し、市町村の担当者が情報を確認し、集計・整理していますが、本アプリを使うことで、捕獲情報をリアルタイムで市町村と共有できるようになりました。さらに解体処理施設や食品事業者とも情報が共有されるため、解体処理施設では、捕獲個体の効率的な受入と正確な在庫管理が可能になります。捕獲情報の見える化、作業の効率化により、ジビエの消費増加にもつながるものと期待されています。
野生鳥獣の捕獲とジビエ利用の現状
野生鳥獣(シカ、イノシシ等)による農作物への被害は、営農意欲を減退させ、耕作放棄・離農の増加など深刻な影響を及ぼしており、国や市町村は被害防止のために捕獲を強化しています。しかし、いつどこで捕獲できるか分からないこともあり、捕獲情報が解体処理施設に円滑に伝わらず、捕獲個体を効率的に処理できないなどの問題が生じています。このため捕獲されたシカ・イノシシのうち、ジビエ(食材となる野生鳥獣肉)として食肉加工・流通された割合は約1割に留まっており、捕獲個体の処理のほとんどは埋設、焼却、ハンターによる自家消費等となっています。こうした中で、捕獲鳥獣を地域資源(ジビエ等)として利用するためには、リアルタイムで関係者が捕獲情報を共有できる仕組みが必要でした。
写真1:イノシシ
「スマートHOKAKU」とは
通常、捕獲従事者が野生鳥獣を捕獲した場合、捕獲報奨金を受け取るために、捕獲情報(写真、捕獲場所・日時、捕獲個体情報等)を紙に書いて市町村に提出し、市町村の担当者は、捕獲者へのヒアリングを行い、提出された書類を確認し、集計・整理を行っています。このため、捕獲情報を関係者間で共有するには手間と時間がかかり、そのことが捕獲が進まない一因となっているとも言われています。
また、捕獲個体のジビエ利用に当たっても、幼獣が多かったり解体処理施設への搬入に時間がかかったりして利用できない個体も多く、また、複数のエリアで捕獲されていた場合、施設への搬入のタイミングが競合して利用できないケースもありました。
そこで、研究グループは、このような問題を解決し、ジビエ利用を促進するため、捕獲従事者が簡単な操作でスマートフォンから捕獲情報を入力するだけで、関係者間でその情報を共有できるアプリケーション「スマートHOKAKU」を開発しました。
まず、捕獲従事者は、捕獲個体ごとに、スマートフォンで写真を撮影し、捕獲場所等の情報を入力します(写真2)。写真により、体長・体重が自動で測定(推定値)されるとともに、捕獲情報はクラウド上でリアルタイムに共有されるため、捕獲従事者は捕獲情報の書類を作成・提出する必要がなくなり、市町村の担当者は捕獲者へのヒアリングや提出された書類に記載された情報の入力といった作業から解放されます。
写真2:「スマートHOKAKU」で捕獲個体を写真撮影、捕獲情報を入力。対象獣種はイノシシ、シカ、ハクビシン、サル、タヌキ、ヌートリア、アナグマ、アライグマ、その他獣類、鳥類に拡大(提供:RFJ株式会社)
さらに、「スマートHOKAKU」を利用すると、捕獲情報を解体処理施設、食品事業者とも共有することもできます(図1)。
図1:「スマートHOKAKU」で捕獲情報を関係者でリアルタイムに情報共有(提供:長崎県)
「スマートHOKAKU」の導入効果として、以下が挙げられます。
① 捕獲従事者は、捕獲情報を簡単に登録し関係者と共有できることで、負担が軽減(労働時間削減効果180分/件→35分/件)。
② 解体処理施設は、いつ、どこで、誰が、どのように捕獲した個体が搬入されるかが把握できるため、効率的な受入れと、正確な在庫情報の食品事業者への提供が可能。
③ 市町村では、捕獲情報の解析や見える化、捕獲位置のマップ化等、鳥獣対策に関する情報を一元管理できるため、事務作業が効率化(労働時間削減効果150分/件→30分/件)。
実証地の事例では、捕獲従事者と解体処理施設、食品事業者のマッチングが図られ、捕獲個体の処理頭数および肉の販売実績が大幅に向上しました。具体的には、ある解体処理施設では、搬入前に捕獲個体の状態を確認できるため、食肉利用に適した個体を優先的に受け入れることができるようになりました。これにあわせて、人員の配置や事前準備等も進められるようになったことから、解体作業時間が短縮されるとともに、処理頭数が増え、肉の販売実績が年間3.7倍に増加しました。
「スマートHOKAKU」は、令和6年10月現在で198の市町村に導入されるなど、広く普及しています。研究グループが、自治体への説明会や猟友会の研修会で本アプリを紹介し、関心を示した方には詳細に説明するなど、現地で積極的に普及・広報活動を行っていることも、多くの市町村への普及に繋がっています。
「スマートHOKAKU」の利用者からは、以下のような声が上がっています。
本研究について研究者からコメント
研究グループの元代表者で現在は農研機構畜産研究部門に所属する平田滋樹上級研究員は、 本研究について、「研究開発当時に豚熱の発生によるイノシシ捕獲の減少やジビエ利用の自粛など、大きな社会変化に見舞われましたが、そのような状況下でもスマートHOKAKUの開発企業は、社会ニーズに対応できるように機能向上や技術普及に努めてくれていました。特に豚熱対策でイノシシの死亡個体や捕獲個体の情報管理のニーズが高まったことから、利用分野や活用法をアレンジし、ジビエ用のシステムから捕獲対策用のシステムへと研究成果が展開されています。大学や多くの分野の企業と連携することで、研究成果が一過性のものではなく、社会のニーズに応えるように改良され、それが社会貢献につながると嬉しいです。」と語っています。
「こぼれ話」シリーズのURLは
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/contents/fukyu/episode/index.html
こぼれ話
事業名
生産性革命に向けた革新的技術開発事業
事業期間
平成30年度~令和2年度
課題名
スマート捕獲・スマートジビエ技術の確立
研究実施機関
長崎県農山村対策室、RFJ(株)、鳥羽商船高等専門学校、宇都宮大学、岩手大学、千里金蘭大学、(株)ファスマック、(株)ニッポンジーン、農研機構(東北農業研究センター、中央農業研究センター)、宮城大学、静岡県農林技術研究所森林・林業研究センター、(株)一成、(株)スカイシーカー、兵庫県立大学、森林研究・整備機構森林総合研究所、東京理科大学、農林水産・食品産業技術振興協会
こぼれ話は順次英訳版も出しています。英訳版はこちらhttps://www.naro.go.jp/laboratory/brain/english/press/stories/index.html