生物系特定産業技術研究支援センター

《こぼれ話55》おいしい大型雌ウナギの生産技術確立とチョウザメへの応用

2024年3月27日号
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夏の土用の丑の日にウナギの蒲焼きを食べる習慣は、江戸時代に始まったと言われ、ウナギは日本人になじみの深い魚です。ウナギの供給量は2022年に約6万tで、そのうち国内養殖は3分の1の約2万tでした。養殖といっても、元になる稚魚は、天然のニホンウナギの稚魚(シラスウナギ、写真1)に100%依存していますが、シラスウナギの漁獲量は年々減少し、取引価格の高騰は養殖業者の経営を圧迫しています。


写真1 シラスウナギ(愛知県水産試験場提供)

愛知県水産試験場(愛知県西尾市)を代表機関とする研究グループは、限られたシラスウナギ資源の有効利用の一つとして、ウナギを通常の2倍の大きさに育て、1尾のウナギから2人前の蒲焼きを提供できるようにする研究開発に取り組みました。養殖下で大豆イソフラボンを飼料に添加して与えることで、ほぼ100 %雌にすることに成功し、通常の2倍の大きさ(重量400~500g、写真2・写真3)に育てても軟らかくておいしいウナギの生産技術を確立しました。今回は、この研究について紹介します。


写真2 通常の2倍に育てたウナギ(上)と従来サイズのウナギ(愛知県水産試験場提供)


写真3 大型雌ウナギ(上)と通常のウナギの長焼き。
通常の2倍の大きさの大型雌ウナギは、1尾でうな重2人前を作ることができる
(愛知県水産試験場提供)

シラスウナギから雌ウナギ生産に成功

ニホンウナギは、シラスウナギ(体重0.5g未満)の段階では雌雄の性が分化しておらず、成長途中で雌雄の分化が起き、体長30~35 cm以上に成長すると雌雄が識別できるようになります。

養殖されたウナギは9割以上が雄になりますが、養殖下で性比が雄に偏ってしまう要因は解明されていません。雌ウナギは雄ウナギに比べると大きくなっても身が硬くなりにくく、品質が高いと評価されています。1尾から2人前の蒲焼きを作れる、大きくて身の軟らかいウナギを養殖するには、できるだけ多くの雌ウナギを生産する必要がありました。

雌の比率をどうやって高くするか。そこで研究グループが着目したのが、大豆イソフラボンでした。大豆胚芽などに多く含まれるイソフラボンは、女性ホルモン(エストロゲン)と似た化学構造を持ち、豆腐や味噌などにも含まれています。

この大豆イソフラボンを添加した飼料を、雌雄に分化する時期のウナギに一定期間与えたところ、雌の比率をほぼ100 %にすることができました。ウナギが大豆イソフラボンを添加した飼料を食べているのは、雌雄に分化する時期までの限られた期間なので、出荷サイズに成長したウナギには、イソフラボンは残っていないことが確認されています。この新たな養殖技術は2021年11月に特許を取得しています。

研究グループで開発した飼料に添加する大豆イソフラボン製品は、2022年5月から販売が開始され、ウナギへの大豆イソフラボン製品の与え方を説明したパンフレットも公表されています。大豆イソフラボン製品は愛知、三重、静岡の3県で先行利用されていましたが、2023年12月からは全国で販売が開始されており、今後は様々な県の養殖業者に利用が広がっていくことが期待されています。

ブランド化、普及へ

愛知県では、この大型雌ウナギについて昨秋にブランド名、ロゴを一般公募し、2024年1月12日に結果を発表しました。ブランド名は「葵(あおい)うなぎ」で、「あいちの、おおきな、おいしいうなぎ」の頭文字と、ウナギ養殖が盛んな愛知県三河地方で生まれた徳川家康にあやかったものです。

本年の1月27日~2月12日の期間限定で、本研究や商品化に協力してきた愛知県の一色うなぎ漁業協同組合などが直営する愛知県西尾市の3店で、1日あたり各店20食限定で長焼きが販売されました。食べた人からは「大きくて軟らかい」「脂の乗りが良い」といった声が聞かれました。研究統括者の愛知県水産試験場・戸田有泉さんは、「研究は一段落。大豆イソフラボン製品が市販され、大型雌ウナギの養殖業者での生産も始まりましたが、まずは多くの人においしさを知ってもらい、生産拡大につながってほしい。」と話しています。2024年度には、一色うなぎ漁協で年間生産量(150~200t)の1 %にあたる1.5~2t(4000尾)の生産を目標としています。

チョウザメに応用も

本技術を他の魚種へ応用する研究も進められています。高級品として知られるキャビア(卵の塩漬け)の原料はチョウザメの卵ですので、チョウザメをできるだけ雌化することを目指しています。北海道大学大学院の井尻成保准教授は、「大豆イソフラボンによって遺伝的には雄のチョウザメを雌に誘導できることは確実で、今のところ雌への誘導率は8割ほどと考えられます。」と話しています。国内養殖のキャビアが広く出回るにはまだ時間がかかりそうですが、高級品のキャビアも消費者にとって少し身近なものになる日が来ることを期待できそうです。

「こぼれ話」シリーズのURLは
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/contents/fukyu/episode/index.html


こぼれ話

本研究課題は、農林水産省が運営する異分野融合・産学連携の仕組み『「知」の集積と活用の場』において組織された「水産増養殖産業イノベーション創出プラットフォーム」からイノベーション創出強化研究推進事業に応募された課題です。『「知」の集積と活用の場』のURLはhttps://www.knowledge.maff.go.jp/

事業名

イノベーション創出強化研究推進事業(応用研究ステージ)

事業期間

平成30年度~令和2年度

課題名

ウナギの雌化と食味に優れた大型雌ウナギの生産技術の確立

研究実施機関

愛知県水産試験場(代表機関)、熊本大学、北海道大学、共立製薬株式会社

研究管理運営機関

NPO法人東海地域生物系先端技術研究会

研究協力機関

一色うなぎ漁業協同組合


事業名

イノベーション創出強化研究推進事業(開発研究ステージ)

事業期間

令和3年度~令和5年度

課題名

食味に優れた大型雌ウナギ生産技術の確立と雌化技術のチョウザメへの応用

研究実施機関

愛知県水産試験場(代表機関)、熊本大学、北海道大学、共立製薬株式会社、株式会社フジキン

研究管理運営機関

NPO法人東海地域生物系先端技術研究会

研究協力機関

一色うなぎ漁業協同組合、北海道美深町、北海道鹿追町、標津サーモン科学館、山田水産株式会社、兼光淡水魚株式会社、三河淡水魚株式会社、日本農産工業株式会社、株式会社かぶらやグループ


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こぼれ話は順次英訳版も出しています。英訳版はこちらhttps://www.naro.go.jp/laboratory/brain/english/press/stories/index.html