生物系特定産業技術研究支援センター
《こぼれ話61》スマホ・スマートグラス用の農作業補助アプリ「Agri-AR」を開発
2025年01月21日号
農林水産省の予測によれば、今後20年間で基幹的農業従事者は現在の4分の1の約30万人にまで減るとされています。基幹的農業従事者が減っていく中、安定した食料生産を続けていくために期待されているのが、ロボット技術やICT(情報通信技術)を活用したスマート農業です。
今回は、株式会社Rootが開発した、安価で誰でもどこでも使える農作業補助アプリケーション「Agri-AR」を紹介します。Agri-ARは、AR(Augmented Reality=拡張現実)を活用し、スマートフォン(以下「スマホ」)やスマートグラス(カメラ付き眼鏡型端末)の画面上に、圃場の畝立てガイド線を表示する(写真1)など、農作業を大幅に効率化する様々な機能を持ち、農業に限らず幅広い分野での活用が期待できます。
![]() |
![]() |
写真1:Agri-ARで畝立てガイド線を表示させたスマートフォン(左)、
スマートグラスを装着した作業者(右)=写真は、いずれも株式会社Root提供
農作業補助をARで実現
研究代表者の岸圭介・Root代表は、シンプルでも手間がかかる農作業の効率化を目指して、特に三つの機能の開発に重点的に取り組んだと言います。
一つ目が、AR直線・ポイント表示による農作業補助機能です。スマートグラスを装着すると、画面上に表示されたコマンドを軽くたたくワンタップ操作により、一瞬で圃場に思い通りの間隔の直線を表示させることができます(写真2)。研究では、高精度衛星位置情報(GNSS-RTK、用語*1)を利用することにより、誤差数cm以内で、圃場に真っすぐなガイド線を表示させることに成功しました。これにより、耕運機などを使う前に、2人がかりで紐(ひも)などを使って行っていた「畝立てのガイド直線を引く」作業を省くことができ(図)、作業時間を大幅に短縮できました。
写真2:Agri-ARを利用してスマホ等の画面上で、圃場の画像に農作業用の
ガイド直線を重ねて表示、線の間隔なども自在に指定できます
図:畝立て作業前に2人がかりで紐を張って行っていた線引き作業が、Agri-ARを使えば1人で一瞬にできます
二つ目は、ARサイズ計測機能です。作物の大きさは商品価値、収穫時期などを知るうえで重要な要素です。作物に物差しをあてることなく、スマートグラスやVRヘッドセット(VRゴーグル)(用語*2)の画面に映る作物を親指と人さし指で挟むようにしたり、大きなものなら両手の指を作物の両端にかざすようにしたりするだけで、作物の大きさを測れます(写真3)。研究では、作業時間を5分の1にすることができました。
写真3:VRヘッドセット(VRゴーグル)のMeta Quest3を装着し、Agri-ARを使ってトマトの
サイズを計測。状況に応じて、片手または両手の指を使って計測できます
三つ目が、圃場でトラクターなどを運転するときの最適ルートを算出して、ARガイドに表示させる機能です。スマートグラスやVRヘッドセット(VRゴーグル)を装着した作業者が圃場の外周を歩くだけで、圃場の大きさや形状を把握することができます。ワンタップ操作で、トラクターで耕運作業をする圃場の外周と最適な作業ルートを算出し、実際の圃場のAR映像上に重ねて表示させることができます(写真4)。
写真4:Agri-ARでスマートグラスの画面に表示した最適ルートに沿って、
トラクターを走らせることができます【使用上の留意点】※
いずれの機能も農業現場で使いやすく設計されているのは、岸代表が実際に農作業を行っていることに加え、開発の初期から埼玉県深谷市の農業者と密接に連携し、彼らからのフィードバック情報を基に改良を重ねてきたからです。開発されたアプリについて岸代表は、「2人以上で行っていた作業を1人でできるようになるため、農家の人手不足解消、コスト削減を可能にし、収益力向上に役立つ技術です」と話しています。
スマホ用アプリの開発と低価格版スマートグラスの登場
Agri-ARは、研究の当初、スマートグラスでの利用を想定していましたが、1台約43万円と高価で、野外で使いやすい仕様にもなっていませんでした。そこで取り組んだのがスマホ版アプリの開発です。既に普及しているスマホを使えば、導入費用も抑えられ、手軽に使ってもらうことが期待できます。このため社会実装に向けて、スマホ版アプリの開発を主軸に据えて取り組みました。
一方で、2023年秋に、従来の価格を大きく下回る約6万~8万円台のスマートグラスが発売されたことにより、スマートグラス版ARアプリの事業化にもめどが立ちました。現在は、「スマホ版」「スマートグラス版」双方のARアプリの2本立てでサービスを提供しています。
スマホ版・スマートグラス版ARアプリを昨春から提供
開発されたARアプリは、既に一般への提供が始まっています。Agri-AR公式サイト(https://agriar.root-farm.com/)を通じて募集したモニター農家の皆さんに、実際にAR農作業補助アプリを利用してもらうことで検証・改良を進めた上で、スマホ版は2024年4月から、スマートグラス版も5月から、それぞれ販売が開始されました。両アプリとも、App StoreやGoogle Playなどのアプリストアからインストールすることで、誰でも使うことができます。
Agri-ARでは、農作業の効率化に役立つ12種の機能が利用可能であり、これら全機能を使う場合は2カ月9,900円(税込み)で、年間契約なら26,400円で利用することができます。これは、スマート農業技術の導入には多額の費用が必要であるという常識を覆すもので、現在までに200以上の契約があり、農業の現場で活用されています。
幅広い分野での活用が始まっています
Agri-ARの利用は国内だけでなく、フィリピンやベトナムといった海外にも広がっています。また、一般作業用途の「Work-AR」も開発中で、公式サイト(https://workar.root-farm.com/)で公開しています。さらに株式会社Rootでは、AR技術を発展させたMR(複合現実)技術の活用にも取り組んでおり、MRアプリ利用・開発プラットフォーム「M・Root(エム・ルート)」を公開するなど、農業に限らず林業や水産業、物流、建築土木など幅広い分野での活用を目指しています。
スマート農業技術活用促進法に基づく開発供給実施計画の認定
Agri-ARは今後、適用場面の拡大に向けた機能拡充や改良を行うとともに、改良したアプリを搭載したスマートグラスのレンタルサービスの提供を行うこととしています。こうした取組について、2024年10月に施行されたスマート農業技術活用促進法に基づく開発供給実施計画の認定第1弾として、同年12月に農林水産大臣の認定を受けました。同法に基づく認定を受けた事業者は、金融・税制等の支援措置を受けることができ、株式会社Rootは支援措置の一つである日本政策金融公庫の長期低利融資を活用して、取組を進めていく予定です。
用語
*1 高精度衛星位置情報(GNSS-RTK) GNSSとは全地球航法衛星システム(Global Navigation Satellite System)の略です。RTKはReal Time Kinematicの略称で、基準局と観測点で同時にGNSS観測を行うことにより高精度の位置情報を得る測位システムです。
*2 VRヘッドセット(VRゴーグル) VRヘッドセットとは両目を覆う形状のゴーグルを頭部に装着し、ゴーグル内に内蔵されたディスプレーによりカメラ画像や連動させているスマートフォンの画像などを手放しで見ることができる機器です。
使用上の留意点
※ 機械作業の際には、万が一通信に問題が生じても即座に目視で対応できるよう必ずスマートグラスを使用すること。
☆生研支援センターBRAINChannelでAgri-ARを紹介した動画をご覧いただけます。
https://youtu.be/pWrfjWfKwrk
「こぼれ話」シリーズのURLは
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/contents/fukyu/episode/index.html
こぼれ話
事業名
戦略的スマート農業技術等の開発・改良
事業期間
令和4年度~5年度
課題名
スマートグラス用AR農作業補助アプリケーション実用化のための研究開発
研究実施機関
株式会社Root(代表機関)
普及・実用化支援機関
埼玉県深谷市、深谷市内生産者
こぼれ話は順次英訳版も出しています。英訳版はこちらhttps://www.naro.go.jp/laboratory/brain/english/press/stories/index.html