生物系特定産業技術研究支援センター
《こぼれ話68》無コーティング種子湛水直播で業務用米生産を効率化
2025年12月23日号
コメ生産者の高齢化や減少の一方、農地集積と大規模化が進んでいます。田植えをする移植栽培では育苗ハウスを必要とするほか、育苗や移植作業にも多くの労力を割いています。大規模経営では稲の植え付けをする春の育苗や移植作業と秋の収穫作業が短期間に集中し、移植栽培だけでは適期に作業をこなしきれなくなっています。そのため、作業時期が移植栽培と異なる直播(ちょくは)栽培が注目されています。田植えをしないで水田に種籾(たねもみ)を直接播(ま)く湛水(たんすい)直播(用語*1)栽培は、コメ生産の省力・低コスト化を図ることができ、今後の需要増加が見込まれる外食産業や加工用途向け業務用米の高収量・安定生産への貢献を期待できます。畑状態の乾いた水田に種籾を播く乾田直播が注目されていますが、春に田が乾きにくく乾田直播に向かない地域で有効な栽培方法です。
農研機構東北農業研究センターを代表機関とする研究グループは、直播栽培で一般的な種子コーティングを省略した無コーティング直播と業務用米品種を組み合わせ、業務用米の低コスト・安定生産を実現しました。
無コーティング種子湛水直播とは
水稲の湛水直播栽培では、苗立ち(用語*2)を良くするために、田の表面に播種する場合は種子の浮き上がりや鳥害を防ぐための鉄コーティング、深さ1 cmの土中に播種する場合は酸素を補給するカルパー(過酸化カルシウム、用語*3)などの資材をコーティング(写真1)するのが一般的です。ただ、コスト、手間、技術が必要などの問題がありました。そこで研究グループは、田の表面から5 mm以内の浅い土中に播種する方法を考えました(図1、図2)。この栽培法なら、鳥害や転び苗(用語*4)を避け、コーティングなしで安定した苗立ちが得られます。株元が浅くて倒伏(用語*5)しやすい難点は耐倒伏性の品種を使うことで軽減しました。

写真1:無コーティング種子(左)、カルパーコーティング種子(中)、鉄コーティング種子(右)
=写真、図はいずれも農研機構東北農業研究センター提供

図1:種籾を露出せずに酸素の多い表層に播種できる

図2:浅い土中への播種により、無コーティングでも鳥害や転び苗を軽減し、
苗立ちを確保できる。耐倒伏性品種で倒伏対策をする
コーティング処理を不要とする無コーティング種子湛水直播は、作業時間や作業時期の制約の少なさで、他の播種法よりも有利であると考えられます。
同じく無コーティング種子を用いる播種法として、乾籾を乾いた田んぼに播種する乾田直播の普及が進んでいますが、乾田直播を行うには春に田んぼが十分乾燥する必要があり、積雪地域や雨の多い地域などでは導入が困難です。そのような地域では湛水直播が導入されてきましたが、従来の湛水直播法では種子コーティング作業や春の圃場(ほじょう)準備作業、播種時の種子補給等に労力を要し、移植栽培と比べて大幅な省力化は実現できていませんでした。一方、本播種法は、種子コーティングが不要で作業の工程数が少なく、一人で約1 haを無補給で播種できることから大幅な省力化が可能で、少人数の経営体でも耕作規模を拡大できます。また、移植栽培と比べ、播種時期が早く、収穫時期は遅くなるため、移植栽培と組み合わせると、春と秋の繁忙期を分散できます。
根出し種子による栽培技術の確立
研究グループは、苗立ちをさらに安定させるために、籾から根だけを0.5~5 mmほど伸ばした「根出し種子」(写真2)を開発しました。ただ根出し種子は根を伸ばしすぎると播種機の目詰まりにつながるため注意が必要です。

写真2:根出し種子(左)は根だけを0.5~5 mmほど伸ばす
「根出し種子」の誕生には、偶然の発見もありました。研究の実証において、播種用の種子のうち根だけ伸びたものがあり、試しに播いたところ出芽が異様に早く、苗立ちも良かったのです。そこから「根出し種子」の大量製造法の開発が始まり、育苗器や催芽器を利用して一度に100 kg作製する技術を確立しました(図3)。育苗器を所有していない生産者も作業できるよう、より多くの生産者に使用されている催芽器を用いる方法です。また、根出し種子の保存方法や保存可能期間(15~20日)も明らかにしました。

図3:根出し種子の大量製造法
無コーティング種子代かき同時播種機の普及
代かきと同時に無コーティング種子をごく浅い土中に播く播種機(幅2.0~2.6 m、写真3)は、株式会社石井製作所(山形県、https://isi-mfg.com/items/an201-hrs-un2)において実用化・販売されており、トラクターに取り付けて利用されています。東北・北陸地方を中心に、北海道から九州まで全国で導入され、2025年度時点で販売台数は累計129台、普及面積は約520 haに上っています。

写真3:代かき同時浅層土中播種機
作業幅3.4 m以下に対応した大型播種機も開発され、2025年2月に特許を取得しています(特許第7634885号)。道路交通法では特定車両の制限幅は2.5 mと規定されているため、代かきと同時に行う播種機で作業幅を2.5 mを超えて拡張する場合は、2.5 m以下に折りたためる代かきハローに装着して使用しますが、まだ販売には至っていません。
経済性、労働時間の評価
いもち病に強く倒伏しにくい業務用米品種「ゆみあずさ」を用いた、秋田県大仙市での2020年から2023年にかけての無コーティング直播栽培の実証試験では、平均収量588 kg/10 a、販売単価151円/kgとなり、移植栽培の「あきたこまち」(平均収量554 kg/10 a、販売単価176円/kg)と比較すると単価は低くなりました。ただ、「ゆみあずさ」の無コーティング直播栽培は、「あきたこまち」の移植栽培と比べて、種子予措・育苗・田植えの時間短縮により労働時間が41%減少し、労務費および肥料代の削減により生産費が約15%減少したため、純利益は10 aあたり最大で6,300円増加しました。無コーティング直播栽培なら、労働時間を短縮しての規模拡大が可能となるので、規模拡大により農業経営の利益が増加することが期待されます。
無コーティング直播栽培マニュアルを公開
研究グループは、無コーティング直播栽培を普及拡大させる目的で、「水稲無コーティング種子の代かき同時浅層土中播種栽培マニュアル」(ver.7)を作成し、ホームページで公開しています
( https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/Muko7_230314.pdf )。
研究統括者の農研機構東北農業研究センターの国立卓生さんは「春の育苗や移植作業、秋の収穫作業の繁忙に困っている大規模生産者に役立ててもらい、業務用米の低コスト・安定生産を進めて欲しい。」と話しています。
用語
*1 湛水直播 育苗をせず、代かきをした水田に直接種籾を播種すること。代かきは圃場の水と土をかき混ぜて田面(たづら)を平らにし、水漏れを抑え、田植えや播種をしやすくする作業です。乾田直播は、畑状態の乾いた水田に種籾を播き、ある程度育ってから水を入れる栽培方法です。
*2 苗立ち 圃場に播種した種籾が出芽して正常に生育すること。
*3 カルパー(過酸化カルシウム) カルシウムと酸素の化合物。種子にコーティングして播種することで、酸素を発生させ、種子周辺土壌に酸素を供給し出芽率を高める効果があります。
*4 転び苗 播種した種子の根が伸長する際に土中に十分に入らず、逆に稲体を持ち上げてしまうことで転んだ苗。生育が悪くなったり、倒伏の原因になったりします。
*5 倒伏 作物が風雨により、収穫前に倒れてしまうこと。
事業名
イノベーション創出強化研究推進事業 (開発研究ステージ)
事業期間
令和2年度~4年度
課題名
儲かる業務用米生産を実現する無コーティング種子湛水直播技術の確立
研究実施機関
農研機構東北農業研究センター、岩手県農業研究センター、山形県農業総合研究センター水田農業研究所、福島県農業総合センター、新潟県農業総合研究所、山形大学農学部、宇都宮大学農学部付属農場、株式会社ササキコーポレーション、株式会社石井製作所
こぼれ話は順次英訳版も出しています。英訳版はこちら
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/english/press/stories/index.html
