生物系特定産業技術研究支援センター

SIP

第2期 スマートバイオ産業・農業基盤技術

「食のサステナビリティ」実現のカタチ ~SIPバイオ農業の社会実装~

#01

「アグリバイオ・スマート化学生産システム」による農業主体地域での新たな共生圏の創出

林潤一郎(九州大学先導物質化学研究所 教授、九州大学グリーンテクノロジー研究教育センター 教授)

「アグリバイオ・化学システム」サブコンソーシアム社会実装責任者:林潤一郎
(九州大学先導物質化学研究所 教授、九州大学グリーンテクノロジー研究教育センター 教授)

1.何を研究しているのか

バイオ資源循環コンソーシアムは、スマートフードシステムにおいて未利用・廃棄資源を利活用、循環するシステムを開発、実装する役割を担っています。同コンソーシアムにおいて「アグリバイオ・化学システム」サブコンソーシアムは、他の二つのサブコンソーシアム(革新的バイオ素材・高機能品等の機能設計技術及び生産技術開発、微生物探索プラットフォーム)と連携しながら、「アグリバイオ・スマート化学生産システム(略称ABCs)」の研究開発を進めています。

ABCsが対象とするアグリバイオ資源には、主たる資源である稲わらやもみ殻に加えて、スギ葉や廃菌床など地域特有の未利用物、畜糞や休耕地などを活用して生産できるオギススキ(資源作物)、さらにはフードロスに由来する食品廃棄物も含まれます。稲わら・もみ殻の国内発生量は約1,000万トン/年であり、これはコメの生産量に匹敵します。稲わらはその大半が田地にすき込みされており、高付加価値利用が進んでいません。もみ殻も多くは有効利用されずに廃棄されています。稲わら・もみ殻を原料として、バイオ・化学製品を製造し、原料1 kgあたり200円程度の付加価値を生み出せれば、コメ生産によって地域経済の活性化が期待できます。稲わら・もみ殻の一部をシリカや他の必須元素を含むバイオ炭として田地に還元すれば資源循環と付加価値創出が同時に実現します。オギススキの栽培を全国の休耕地(42万ha)に展開すれば600万トン程度のアグリバイオ資源が生まれます。後述しますが、廃菌床にはヘルスケアに有効な高付加価値成分が含まれます。畜糞の燃焼灰は稲わらの貯蔵と有用物への変換に必要なアルカリを供給します。

本サブコンソーシアムは、これまでの研究開発によって稲わら・もみ殻から6プラットフォーム(基幹物質)、すなわち次世代化学産業の最重要プラットフォームであるC6糖(グルコース)に加えてC5糖(キシロース、キシロオリゴ糖等)、ファイバー(パルプ、ナノファイバー)、リグニン、シリカおよび抽出成分(イソプレノイド、ポリフェノール)を高歩留りで生産する技術、そしてC6糖やパルプから高付加価値素材や化合物を生産する技術を開発してきました。6プラットフォームを生産するシステムは他に例がありません。ABCsには他のバイオリファイナリーにはない多くの特徴があります。例えば、パルプのC6糖への転換では、新しい酵素によって高付加価値のナノファイバーを併産することができます。シリカは稲わら・もみ殻に特有の資源ですが、高純度シリカやリグニン・シリカコンポジットは、C6糖などともにサンプルを希望する事業者に提供しています。廃菌床の抽出成分であるイソプレノイド・ポリフェノールの利用もABCsの特徴です。イソプレノイド・ポリフェノールは殺菌、抗菌、抗ウィルス、抗酸化、抗紫外線能に優れています。これらを、同様の機能に加えて香り・癒しの効用があるスギ葉イソプレノイドとブレンドし、微量添加したイソプレノイド含有アルコール水は、ウィズコロナ・ポストコロナ時代の新しいスキンケア・ヘルスケア製品です。C6糖から機能性油脂を生産する酵母は、その役目を終えた後に養魚飼料の栄養添加剤となります。本サブコンソーシアムでは、現在有償で焼却処分されている食品残渣を高発熱量の固体燃料に転換することにも成功しました。このように、ABCsはアグリバイオ資源から付加価値を生み出すだけでなく、農業と林業、水産業および食品産業に新たなバリューチェーンを生み出します。

2.社会実装のビジョン

本サブコンソーシアムは、2020年度にそれまでの研究開発成果を踏まえたABCsの経済性を検討しました。この検討には、新規に開発したサプライチェーン最適化ツール(公開済)と経済・環境性能評価ツールを用いました。ABCsはアグリバイオ資源の収集・貯蔵・供給(上流)、プラットフォーム生産(中流)、C6糖やパルプの一部の高付加価値化(下流)から構成されますが、上・中流のみから成る最小構成は、原料1 kgから160~180円の付加価値(生産額)を生み出すこと、バイオリファイナリーとしては小さい3万トン/年の規模であっても経済性が成立し、多くの製品に国際的優位性があることを示しました。上・中・下流のすべてを含むABCs(最大構成)の場合の製品総付加価値は300円/kgを超えることもわかりました。これは、ABCsがアグリバイオ資源の全成分を歩留りよく製品化できることによる成果です。今後は投資額と運営費用の推算精度向上、それらを削減する取り組みが必要です。

ABCs事業の仕組みも検討し、事業主体の成り立ちが異なる2つのモデルを立案しました。ひとつは、 ABCs事業体の内部に必須技術を保有する企業をプレイヤーとして含み、それぞれの企業が素材や化学製品を販売し、その売り上げから収益配分をABCs事業体が受け取るというもの。もうひとつは、必須技術を保有する企業はABCs事業体そのものには参加せず、ABCs事業体は企業にライセンス料の支払いと引き換えで技術提供を受け、各化学品の製造・販売を行うというものです。両者に共通するのは原料の農業生産者からの買取と貯蔵を農業系コントラクターに委託する点です。その際の買取価格は農業生産者のモチベーションと事業への参画意識に大きく影響するため、ABCs事業の意義にも関ります。ABCsは、稲わら・もみ殻の原料価格をアジア、欧米よりも高い20円/kg(乾燥物)以上に設定しても経済性を成立させるための生産システムの実装を目指しています。

3.ABCs実装の意義

ABCs事業の意義を農家、自治体、化学メーカーという、それぞれの視点から見てみましょう。ABCsは農業生産者=アグリバイオ資源生産者の収入を増し、地域雇用を創出します。これらは地域の税収増加にもつながります。前述のように、ABCsは比較的小規模でも経済的に成立します。この強みを今後の開発でさらに伸ばすことによって国内の適地を拡大します。

化学産業は現在、国内外を問わず脱石油が求められています。バイオ資源由来のC6糖はポスト石油化学において最重要プラットフォームであり、その意味でC6糖をいかに安価・安定供給できるかはABCs事業の課題です。ABCs事業では、C6糖を30円/kgという極めて戦略的な価格で供給することを目標にしています。ABCsが多くのプラットフォームにおいて高歩留り生産を実現し、同時に高付加価値製品も生産する体制を構築するのは、それによって安価なC6糖の安定供給を実現することを目標としているからです。

4.これまでの進捗とゴールまでのステップ

ABCsの研究開発は、ラボスケールでの概念実証、製造する製品の絞り込みを経て、現在はベンチスケール試験を通じて各プロセスの基本性能を実証するところまで進んでいます。ベンチスケール試験では、ユーザー(化学メーカーなど)への試作品供給も行っています。SIPの事業期間は残すところあと1年です。SIPの終了までに構成プロセスを実証するとともに、プロセスの仕様を確定する当初の目標を達成します。一部の製品(イソプレノイド含有アルコール水)、サービス(サプライチェーン最適化ツール)は事業期間終了までの実用化が期待されます。 SIP事業終了後も、ABCs実装のための取り組みは続きます。まず、下流工程の製品(セルロースナノファイバー、糖エステル・エーテル、オレイン酸リッチ油、養魚飼料栄養添加剤、食品残渣由来燃料など)を2023~2026年に小スケールで実用化する部分実装に取り組みます。これに並行して、大規模上・中流の実装に必要なプラント研究・実証を実施しながら事業体制を構築し、2027年の全体実装(商用化)を目指します。

研究成果事例(特許、学術論文)
特願2012-211543号、糖及び微細繊維の製造方法 (2021)
特願2020-094792号、脂肪族グリコシド化合物又は糖脂肪酸エステル化合物の製造方法(2020)
Hot-Compressed Water Treatment and Subsequent Binderless Hot Pressing for High-Strength Plate Preparation from Rice Husk. ACS Sustainable Chem. Eng.(2022) doi.org/10.1021/acssuschemeng.1c07877
Deep Delignification of Woody Biomass by Repeated Mild Alkaline Treatments with Pressurized O2.ACS Omega (2020) doi.org/10.1021/acsomega.0c03953
連絡先
林潤一郎(九州大学先導物質化学研究所 教授、九州大学グリーンテクノロジー研究教育センター 教授)