生物系特定産業技術研究支援センター

SIP

第2期 スマートバイオ産業・農業基盤技術

「食のサステナビリティ」実現のカタチ ~SIPバイオ農業の社会実装~

#02

「食によるヘルスケア産業創出」が目指す、食による健康寿命の延伸

山本(前田)万里
 「食によるヘルスケア産業創出」社会実装責任者
 (農業・食品産業技術総合研究機構食品研究部門 エクゼクティブリサーチャー)

山本(前田)万里
「食によるヘルスケア産業創出」社会実装責任者
(農業・食品産業技術総合研究機構食品研究部門 エクゼクティブリサーチャー)

1.何を研究しているのか

なんとなく疲れが取れない、よく眠れない、食欲がわかない、心が落ち着かないなど、医療機関を受診するほどではないけれども心身の調子が悪い、と感じることは誰にでもあります。その状態が続くと、仕事や学習の効率が上がらないだけでなく、気分良く毎日を過ごせなくなり、QoL(生活の質)が低下してしまいます。

このような、睡眠の質の低下、食欲不振、ストレスから引き起こされる、生産性の低下を招く心身不調を私たちは「軽度不調」と呼んでいます。超高齢化社会を迎えた日本では、特に、働き盛りの年代において、軽度不調を訴える人が増加し社会問題となっています。毎日を気分よく過ごし生活の質を高めながら、生産性を高め、健康寿命を延伸するためには、この軽度不調の状態を解消することが重要です。近年では、こうした軽度不調に食や腸内環境の乱れが関係していることが明らかになりつつあり、その解消には、日々の生活に取り入れやすく、科学的な裏付けのある機能性食品の開発が効果的だと考えられています。

本コンソーシアムでは、食を通じた健康システムの確立による健康寿命の延伸への貢献を目指し、軽度不調を改善する機能性食品や従業員等の健康管理を戦略的に実施(健康経営)する健康セルフケアサービスの開発を支援するプラットフォーム(軽度不調に関連する食・マイクロバイオーム・健康統合データ利活用プラットフォーム)の構築を目指しています。

本コンソーシアムでは、2019-2020年度、日本人に特徴的な食と健康の関係を明らかにするために、健常人1,000人を対象にした「食・腸内マイクロバイオーム・健康情報統合データベース構築に向けた網羅的研究調査(すこやか健康調査)」を行いました。このデータを元に、現在、以下の研究を実施しています。

「軽度不調評価システムの開発」
心拍計と脳波計を使ってストレスによる自律神経の乱れと睡眠の質の関係を明らかにすることで、軽度不調を評価する指標を確立するとともに、日常的に使用できるウェアラブルデバイスを使用した軽度不調評価システムの開発を行っています。
「農産物・食品の健康維持増進効果に関する科学的エビデンスの獲得」
すこやか健康調査で得られた知見を利用して、特定の食品の軽度不調改善効果を調べています。これにより、軽度不調の改善作用を持つ農産物や食品を科学的に明らかにします。また、効果のある食品の含有する成分を明らかにし、軽度不調改善作用との関係を解析しています。
「腸内マイクロバイオームデータの整備と機能性食品のプロトタイプによる検証」
腸内マイクロバイオームとは、腸内に棲む微生物の総体であり、腸内マイクロバイオームデータが整備されることで、人の健康とその改善方法を理解することが期待できます。現在ある腸内マイクロバイオームのデータは、ほとんどが疾病者を対象としたものであるため、健常人のデータは極めて貴重です。すこやか健康調査で収集した健常人の腸内マイクロバイオームのデータに対して、ロングリードシーケンサーを用いて読み取った腸内微生物のメタゲノム情報をあてることで、高い分解能のマイクロバイオームデータベースが整備できます。ロングリードシーケンサーは、一般的なシーケンサー(ショートリード)よりも数十から数百倍の長さのDNAを一度に解析でき、より正確かつ素早くゲノム情報を解読できるため、マイクロバイオームデータベースの精度も高いものになります。新たに開発した機能性食品のプロトタイプによる腸内マイクロバイオームの改善効果を調べることで、機能性食品の効果が科学的に証明できます。また、こうした得られたデータをより正確かつ効率的に分析する手法についても研究しています。
2.社会実装のビジョン

研究成果の社会実装は民間企業がサービスの実施主体となる3つの類形を想定しています。具体的には、1)データセット応用サービス・プロダクト創出、2)統合健康栄養食品(G-Plus食品)の創出、3)健康セルフケアサービス、となります。

2022年4月、これら3つの社会実装に向けた核となる組織として、コンソーシアム参画機関である島津製作所と農研機構が中心となり、研究成果を活用したい民間企業の窓口となる一般社団法人セルフケアフード協議会を設立しました。今後、同協議会が窓口となり、共通基盤となる「軽度不調に関連する統合データ利活用プラットフォーム」を運用します。このプラットフォームでは、腸内マイクロバイオームやすこやか健康調査のデータなどの制限公開データセットや、食品機能性成分情報、それらを用いたデータ解析手法やデータ分析サービスが提供されます。
今後、このプラットフォームと連係して、各種ヘルスケア関連企業や食品会社が競争領域として、G-Plus食品や健康セルフケアサービスを開発・提供することが期待されます。

また、G-Plus食品については、従来の機能性食品制度の枠組みで販売することは難しいため、セルフケアフード協議会が主体(スキームオーナー)となって、新たに民間認証の仕組みを立ち上げます。認証のスキームは、次のとおりです。

民間認証制度(一社)セルフケアフード協議会HPより

今後、同協議会を窓口としてIT企業や保険者支援事業者等が健康セルフケアサービスを創出し、健康経営に取り組む企業や健康保険組合等に提供することが期待されます。これにより、健康保険組合に加入する企業の従業員に対して、軽度不調を評価し、生活習慣や食事のアドバイスをすることで調子の改善を図ります。

健康セルフケアサービスの創出
3.実現することのメリット

軽度不調は、本人にとってQoLの低下を、社会にとっては生産性の低下をもたらします。G-Plus食品や健康セルフケアサービスのような、軽度不調を改善できる科学的なエビデンスに基づいた製品、サービスが創出されることは、以下のようなメリットが期待できます。

  • 消費者の視点からは、食品の摂取や生活習慣の改善により体調の不調がなくなり、仕事のパフォーマンスが向上します
  • 企業の視点からは、従業員の軽度不調が解消することで、企業全体の生産性向上が期待できます
  • 外食産業や食品小売業などの視点からは、新たな付加価値のある食品等を提供できるようになり、収益向上が期待できます
  • ヘルスケア製品を提供している食品企業や製薬会社の視点からは、データに基づく新しい機能性成分を取り入れた機能性食品や、薬効を高めた医薬品を開発することができます
4.これまでの進捗とゴールまでのステップ
(1)データセット応用サービス・プロダクト創出

これまで、「すこやか健康調査」をベースにしたデータの蓄積と整備、軽度不調評価の評価指標開発、健康セルフケアサービスに用いるデバイスの検討、腸内マイクロバイオームデータベースの整備、機能性成分の特定を行ってきました。

データの解析から、生産性と睡眠・自律神経活動との関係、軽度不調と関連すると想定される食品成分、便性状や軽度不調と腸内細菌の関係が明らかになってきました。これらのデータベースは、2022年度から2023年度まではコンソーシアム内の企業に限定して公開され(制限共有データ)、コンソーシアムメンバー企業の薬品メーカーの創薬や食品メーカーの機能性食品開発に活用されています。2024年度以降はコンソーシアム外の企業も利用できるようになります。

今後2年間の制限共有データとしての運用を通して、データがどのように解析され、活用されるのか、データサイエンティストによる支援のニーズといった、サービス運営のための知見を蓄積していきます。このような形で競合企業に対して、協調領域でのデータ活用サービスをビジネスとして提供する事例は、これまでに類を見ないビジネスモデルだと考えています。

(2)統合健康栄養食品(G-Plus食品)の創出

一般社団法人セルフケアフード協議会は、G-Plus食品の民間認証制度の発足に向け、認証スキームを検討中です。ASEAN諸国を中心に世界的に人口が増え、健康食品関連市場が拡大することは間違いありません。

日本の産業競争力向上のために、業界全体として高付加価値なG-Plus食品を国内のみならず海外にも販売していくことを視野にいれ、そのための協調領域としてデータと認証制度の整備を進めていきます。第三者認証機関による認証が開始されるのが2022年度中、実際に審査が行われてG-Plusマークを付けたG-Plus食品を上市するのは2023年度中を予定しています。

これまでに、機能性成分を多く含む機能性農産物を組み合わせた「機能性弁当」の開発および実証を行いました。内臓脂肪の減少効果を目指して開発した「NARO Style弁当」では、159人を対象にした試験において12週間で腹囲部分における内臓脂肪の断面積が平均9平方センチメートル減少するという効果を確認しました。

この成果を活かし、2022年3月には「NARO Style PLUS MEAL SET」を市場に投入しました。電子レンジでそのまま加熱して食べられる個食タイプと、企業や施設向け湯煎調理が可能な業務用セットを提供しており、通常の小売りの他、薬局への配備や健康セルフケアサービスとの連動による健康経営支援などの利用が期待されます。2022年度は、メニューを10種類から20種類に増やすとともに、G-Plus食品として認証が受けられるよう機能性成分の測定などの準備を進めます。

(3)健康セルフケアサービス

健康セルフケアサービスについては、三重県亀山市において民間企業によるお薬手帳とNARO Style PLUS MEAL SETを組み合わせたサービスの実証実験が行われており、2023年度のサービス開始を目指しています。

また、すこやか健康調査のデータを利用して、食事や健康の状態を入力すると医師や管理栄養士によるリコメンドアドバイスが得られるサービスについて、ユーザーに提供する項目や提供方法などの要件定義システム仕様の整理を進めています。2022年度末から2023年度にかけては最終の実証実験を行い、2024年度以降の実運用を目指します。

関連サイト
一般社団法人セルフケアフード協議会
https://scfc.or.jp/
連絡先
山本(前田)万里
(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構食品研究部門 エクゼクティブリサーチャー)