第2期 スマートバイオ産業・農業基盤技術
#07
「フードチェーン情報公表JAS」がめざす、農産物の高付加価値化
神成 淳司
慶應義塾大学 環境情報学部 教授
折笠 俊輔
公益財団法人流通経済研究所 農業・環境・地域部門 部門長
一般社団法人スマートフードチェーン推進機構 代表理事
スマートフードチェーン(流通・消費)コンソーシアムは、産品のトレーサビリティと流通品質を保証する認証制度「フードチェーン情報公表JAS」の制定に取り組んでいます。
日本農林規格(JAS)とは、「日本農林規格等に関する法律(JAS法)」に基づき、食品・農林水産品やこれらの生産方法、取扱い等の方法などについての規格(JAS)を国が制定するとともに、JASを満たすことを証する「JASマーク」を、当該食品・農林水産品や事業者の広告などに表示できる制度です。
JASには大きく分けて、市場に出回る食品・農林水産品の品質を一定の範囲に揃えるための規格(一般JAS)と、高付加価値やこだわりをあらわす規格(特色JAS)の2つに大きく分けられます。フードチェーン情報公表JASは後者にあたる特色JASの一つで、従来からある生産情報公表JASの対象を「流通・小分け」に拡張し、農産品の生産・流通プロセスにかかわる事業者を認証することで、情報の公表を可能とする仕組みです。
本コンソーシアムでは、フードチェーン情報公表JASの制定に向けて、次の取り組みをおこなっています。
- 1)「フードチェーン情報公表JAS」規格原案の作成と制定までの対応
- フードチェーン情報公表JASが対象とするのは、産品の生産・流通プロセスおよび事業者による産品の取り扱い方法となります。そのために、品目別に具体的な規格の原案を作成し、調整や修正など制定までの対応を行っています。
- 2)実証データの作成
- 規格として運用するためには、「産品に対してどのような取り扱いをすれば、どのような変化が起こるか」ということを品目別に明らかにする必要があります。品質維持のために必要な取り扱いの基準(流通行程管理基準)を設定するため、梱包材や緩衝材などを使用して輸送時を想定した温度変化や衝撃を加えることで実証データを作成します。
- 3)フードチェーン情報公表JAS認証を使いやすくする「JAS統合パッケージ」の開発
- 情報登録、センサーによる情報収集、情報管理、情報表示用ラベルの印刷など、認証情報や格付け情報を利用するための仕組みをukabisと連携して実現する「JAS統合パッケージ」を開発しています。開発したパッケージは、ukabisの運営主体となる一般社団法人スマートフードチェーン推進機構が認証事業者に提供することを想定しています。
フードチェーン情報公表JASの規格原案は、品目別にスマートフードチェーン推進機構が取りまとめ、農林水産省に提出します。原案は、JAS審査会での審査を経て規格として制定・公示されます。JAS規格利用者の認証は、登録認証機関によって行われます。
フードチェーン情報公表JAS認証事業者が、格付け制度を利用するためには、産品のトレーサビリティ情報や輸送時の取り扱い情報を収集・管理する体制や仕組みが必要ですが、「JAS統合パッケージ」を利用することで、これらを自社で用意しなくてもよくなります。
そのため、より多くの事業者がフードチェーン情報公表JAS認証を受け、格付けを利用することが期待できます。生産者、流通事業者、小売業者の「JAS統合パッケージ」利用イメージを以下に示します。
生産者は、アプリを利用して出荷時の個体識別番号の発行とラベル(QRコードなど)の印刷を行い、取り付けるセンサーとの紐付けを行います。同時に、流通行程管理基準への対応状況(予冷、朝採れの登録、緩衝材や鮮度を保つフィルム包装など)と出荷先を登録します。これにより、いつ、どのような状態で、どこから出荷されたかがukabisに登録されます。
流通事業者は、到着した荷物の入荷処理時にラベルを読み取るほか、必要に応じてトラック内や流通センター内の温度を入力します。出荷時にもラベルを読み取ることで、いつ、どこをどのような状態で通過したかがukabisに登録されます。
小売業者は、入荷処理時にラベルを読み取り、センサーの情報をukabisにアップロードします。個体識別番号をキーに生産者、流通事業者が登録した情報とセンサー情報が紐づけられ、JAS規格の流通行程管理基準に従って格付けが行われます。販売時には、JASマークや個別識別コード、流通行程管理基準への適合状況、生産者、流通事業者の情報を記載したラベルを印刷して、産品に貼り付けることができます。
消費者はラベルを見ることで、フードチェーン情報公表JAS認証を受けた事業者により出荷・流通・販売されている産品であることを確認できます。また、QRコードを読み取ることで、トレーサビリティ情報と流通行程での管理状態を確認できます。
フードチェーン情報公表JASによって、「誰がどこで作ったのか」「いつ出荷されたもので、誰が流通にかかわったのか」「輸送途中での高温・低温や衝撃など品質に影響のある取り扱いの有無」が明らかになります(参考:『流通時の温度履歴に基づく農産物の鮮度予測を実現(ukabisポータルサイト)』)。
贈答品として用いられるような高額の産品には、偽物が出回ることが往々にしてあります。フードチェーン情報公表JAS認証によって、どこの誰が作ったものか明示されるので、産地偽装されていない本物の産品であることが保証されます。
果物のような産品は、「食べ頃」が重要になります。レタスであれば朝どれの新鮮なもの、果物であれば収穫後に適切な管理のもと追熟したものを消費者は求めます。収穫・出荷日時や流通行程での管理状態によって、鮮度や品質を確認できます。
前回の解説記事で紹介した「今朝採りレタス」販売の実証実験では、「今朝採りレタスならば通常のレタスの1.5倍の価格でも購入したい」という消費者が5割を超えましたが、一方で「朝採れと書かれていても本当に販売当日の朝収穫されているのか」という疑問を持つ消費者も、5割程度存在しました。
また、ルビーロマンやクラウンメロン、シャインマスカットなどの高級果物では、特に贈答用途の場合は流通行程での管理状態やトレーサビリティを確認できる品質保証が行われた商品なら、通常の1割から2割増しの価格でも購入するという人が、4割に上っています。
フードチェーン情報公表JASが実施されれば、JASマークと品質表示でこうした情報が消費者にも一目瞭然となります。いつ収穫したのか、きちんと品質を保って輸送されたのかをJASマークで保証することで、消費者は価格に相応しい優れた産品であることを納得して購入することができます。
近年、特に海外において日本産を騙る品質の低い偽物が市場に出回り、ブランド価値を毀損しています。フードチェーン情報公表JASによって産地の証明と、流通行程の適切な管理を保証することで、消費者は偽物と本物を区別でき、かつ高い品質を維持して販売されたことが確認できます。これにより、日本産農産品のブランド価値を守り、輸出拡大に資することが期待できます。
フードチェーン情報公表JASの規格は、品目によって輸送時の留意点が異なるため、品目別に整備する必要があります。2021年度までに、レタス、メロン、ブドウの3品目について、JAS規格原案を策定しました。農林水産省とFAMIC(農林水産消費安全技術センター)との協議を経て、規格原案を修正した上で、2023年2月にJAS調査会における審議を完了し、規格制定に向けたパブリックコメントを実施中です。また、公示後に新規格を活用してもらえるよう、対象品目の主要産地において事前説明をおこなっています。
2022年12月には、北米向けに輸出するクラウンメロンでJAS認証規格適合判定を行う実証を実施しました。クラウンメロンに3種類の異なる包装をおこなってデータロガーを取り付け、米国到着後に温度範囲・衝撃の逸脱状況と品質の評価を行いました。
さらなる品目の追加も検討しています。イチゴについてはすでに実証データを作成しており、規格原案のとりまとめを今後進めていきます。イチゴ以外の追加品目については検討中で、2022年度末には追加品目のフードチェーン情報公表JAS規格原案の取りまとめを目指しています。
JAS統合パッケージについては仕様がほぼかたまっており、2022年度末までにはリリースできるよう現在開発を進めています。並行して、利用料金を決めるためのヒアリングを実施しています。
また、登録認証機関となるオーガニック認定機構と連携して、認証審査、年次審査に必要な手続きと必要なデータについて確認し、申請プロセス、申請書式などの検討を実施しています。
これらの成果により、2023年度のフードチェーン情報公表JASの運用開始を目指します。
- 関連サイト
- ukabis ポータルサイト https://ukabis.com
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- https://ukabis.com/contact/