生物系特定産業技術研究支援センター

SIP

第2期 スマートバイオ産業・農業基盤技術

「食のサステナビリティ」実現のカタチ ~SIPバイオ農業の社会実装~

#08

「高機能バイオマテリアル設計・生産技術」による日本社会のバイオエコノミーへのシフト

中嶋隆人 理化学研究所 計算科学研究センター 量子系分子科学研究チーム チームリーダー

中嶋隆人
理化学研究所 計算科学研究センター
量子系分子科学研究チーム チームリーダー

1.何を研究しているのか

「高機能バイオマテリアル設計・生産技術開発」サブコンソーシアムでは、インフォマティクス、シミュレーション、合成・計測という技術を融合した形で利用して,所望する高機能バイオ素材(バイオポリマー)をバイオマス由来モノマーから設計する「バイオポリマー機能設計技術」を開発しています。

プラスチックは、さまざまな用途で使われていますが、一方で環境に排出されたプラスチックが問題視されています。野生動物や私たち人間の健康や生活にも悪影響を及ぼす恐れがあるからです。また、多くのプラスチックは石油に由来しているため、将来的な原油資源の枯渇というリスクがあります。そのため、プラスチックそのものの利用を減らし、回収し、再利用や再加工が行われていますが、プラスチックの利用を極端に減らしたり、全てを回収したりすることは困難です。

そこで、私たちは石油ではなく、バイオ由来の資源とバイオ技術による、新たなプラスチックを生み出すための仕組み作りに取り組んできました。バイオ由来の資源は、非可食バイオマスと呼ばれる、現在は炭にするか焼却されるもみ殻や細かく刻まれて田圃にすき込まれる稲わらなどを想定しています。これを新たな資源として活用し、微生物や酵素を用いたバイオ合成によって、高機能なプラスチックの生産技術を確立する。それが、私たちが開発した「バイオポリマー機能設計技術」です。

3Bサブコンソで創出される技術

2.社会実装のビジョン

バイオポリマー機能設計技術は、インフォマティクス、シミュレーション、合成・計測を融合利用した技術です。

インフォマティクスは、大量のデータを情報学に基づいて処理し新たな知見を探る研究手法です。近年はビッグデータを活用した機械学習で大きな成果が得られています。また、シミュレーションでは、富岳などのハイパフォーマンスコンピューティングの進歩と共に、量子化学計算や分子動力学計算などのコンピュータシミュレーション技術が大きく発達しました。これらインフォマティクスやシミュレーションは、バイオ分野や材料分野でも候補探索、性能予測、分子設計などへの活用が進んでいます。そのため、従来は実験からしか得られなかったバイオ・材料分野の新たな知見が、インフォマティクスやシミュレーションによって得られるようになり、新たな発見へつながっています。

また、バイオポリマー機能設計技術では、既知のポリマーの実験によって得られたデータベースを用いて、ポリマーの物性情報(ガラス転移点、融点、等)を教師データとして機械学習を行うことで学習モデルを構築し、バイオ由来資源からバイオ合成が可能なモノマーのリストを元に、構築した学習モデルを用いて推論処理を行うことによって、リストに含まれるモノマーから考えうる全ての組み合わせによるポリマーの物性を推測することができます。そのなかから、目的に合った物性を持つポリマーについて、実際に合成し評価を行います。

そのポリマーが目的通りの性能を発揮していればゴールとなりますが、そうでない場合も決して失敗ではありません。ポリマーの測定結果を新たに教師データに追加し、学習モデルを再度構築します。それによって、さらに精度の高い推論が行えるようになり、目的とするポリマーの探索がより着実なものになるのです。

このバイオポリマー機能設計技術の開発は、すでに完了しており、現在はその評価検証のため、「海洋分解性プラスチック」の合成に取り組んでいます。海洋分解性プラスチックの開発においては、実際に海中で分解されるのかが大きな評価指標となります。実際に候補ポリマーを合成し、実験を行うと多くの時間とコストが掛かるため、海洋分解性プラスチックを迅速に評価する手法の開発に加え、既知の実測データとシミュレーション結果の差が最小になるように学習モデルを構築し、AIによる海洋分解性の評価・予測モデルを開発しました。これらを組み合わせることで、迅速なデータの収集と候補ポリマーの評価が可能となりました。

この「バイオポリマー機能設計技術」は、SIP第2期「スマートバイオ産業・農業基盤技術」の完了後は、理化学研究所の計算科学研究センターを核に様々な研究機関や民間企業が連携し、ポリマーの探索や評価を行うサービスとして提供を予定しています。すでにいくつかの企業において製品開発のため、サービスの利用が検討されており、今後の日本におけるバイオエコノミー拡大への貢献が期待できます。

ポリマー機能設計技術

3.実現することのメリット

私たちの社会は、数多くのプラスチック製品によって支えられています。プラスチックは様々な種類が存在し、その性質も多様です。また、成形加工がしやすいことから、日用品から衣類、電器製品、自動車など、多種多様な用途で使われています。高度な機能や特殊な性質を持ったエンジニアリング・プラスチックは、半導体やスマートフォン、電気自動車などのハイテク産業に欠かすことができない存在です。

一方で、環境に排出されたプラスチックはその耐久性が仇となり、環境問題の要因にもなっています。プラスチックは、植物や動物由来の素材とは異なり、微生物などに分解されにくいため、いつまでも環境に残り続けてしまいます。そうした滞留したプラスチックによる、野生動物への被害や、私たち人間への悪影響が大きな問題になっています。

また、多くのプラスチックは石油に由来しているため、その生産は石油資源に強く依存し、原油価格の高騰などの影響を受けるだけでなく、将来的な原油の枯渇という大きな課題を抱えています。そのため、できるだけプラスチックを環境に排出しないようにしたり、利用を終えたプラスチックを回収し再利用や再加工したりする取り組みが行われて来ました。しかし、すべてのプラスチックを回収することは、現実的に不可能です。

私たちが開発した「バイオポリマー機能設計技術」は、石油ではなくバイオ由来の資源を用い、バイオ技術による新たなプラスチックを生み出すための仕組みです。バイオ由来の資源は、非可食バイオマスと呼ばれる、もみ殻や稲わらなど農業生産の副産物として発生するものです。これを資源として活用し、微生物や酵素を用いたバイオ合成によって、高機能なプラスチックとその生産技術の確立に取り組んでいます。

この技術が普及することによって、これまで石油に依存していた産業の多くの技術が、バイオ技術へと転換することができ、環境負荷低減および資源循環の両立を実現できます。

4.これまでの進捗とゴールまでのステップ

現在は具体的な素材・材料開発への応用に取り組んでいます。ある企業とは、高温に耐え、従来よりも薄い皮膜で高い絶縁性を保持しうる超耐熱電線被覆材料の開発について連携し、実際に顧客へどれほどの価値を提供出来るか評価を行っています。また、世界中で激しい開発競争となっている二次電池の分野では、新たな構成材料を生み出すために電池メーカーや原材料メーカーとの共同研究を模索しているところです。

また、同じSIP第2期「スマートバイオ産業・農業基盤技術」の中にある「アグリバイオ・化学システム」サブコンソーシアムは、もみ殻・稲わらから安価かつ安定的にC6糖および20種類以上の成分を取出し供給するプラットフォーム事業の実現を目指しています。現在、このサブコンソーシアムと連携し、C6糖を原料に用いたバイオ合成技術の開発に取り組んでいますが、この技術を確立すれば、「バイオポリマー機能設計技術」によるバイオ由来プラスチックは、コスト面でも大きな競争力を持つことができると同時に、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーといった今後の社会課題への貢献も期待できます。

連絡先
中嶋隆人(理化学研究所 計算科学研究センター 量子系分子科学研究チーム チームリーダー)