生物系特定産業技術研究支援センター

SIP

第2期 スマートバイオ産業・農業基盤技術

Creative Researchers - 研究者インタビュー

第3回

急速に進歩するゲノム編集技術にこのタイミングで取り組める幸運
これからは一流の成果のために異分野融合チームが必要となる

第3回 遠藤 真咲 農業・食品産業技術総合研究機構

2020年のノーベル化学賞がCRISPR/Cas9ゲノム編集法の開発者に与えられたことによって、今、バイオサイエンス分野とゲノム編集技術に大変注目が集まっています。SIPスマートバイオ産業・農業基盤技術(以下SIPバイオ農業)において、ゲノム編集技術による農作物育種の研究開発にたずさわる、農業・食品産業技術総合研究機構の遠藤真咲さんにお話を聞きました。

数億の塩基配列から狙った場所を正確に切ることのすごさ

――遠藤先生の所属されているコンソーシアム「精密ゲノム編集(1B)」はSIPバイオ農業のなかでもゲノム編集による農作物育種に取り組んでおられます。遠藤先生の研究はその中でどのような役割を担っておられるのでしょうか。

遠藤:ゲノム編集というのは、生物の持つ膨大な数の遺伝子のなかから特定の遺伝子を選んでピンポイントで変える技術です。個々のタンパク質の働きと、そのタンパク質をコードする遺伝子の対応関係が明らかになってきたことにより、どの遺伝子をどう変えれば、期待通りの性質を示しそうかなど、これまでも考えてきました。その設計図をもとにゲノムを編集できるようになったのが、ゲノム編集がもたらしたブレイクスルーです。

ゲノム編集という技術は動物にも植物にも使えますが、私達は植物を対象にしたゲノム編集ツールの開発・改良をしています。植物には食べるだけでなく、工業原料や環境浄化などさまざまな用途があります。植物の遺伝子を変えることで、より良い、役立つものが作れるというアイデアをお持ちの研究者が、私達の研究のユーザーです。そうした方々と共同研究をして、良いものづくりのお手伝いをしていくのが、私達の役割です。

――CRISPR/Cas9はゲノム編集技術のなかでも、何が画期的だったのでしょうか。

遠藤:自由自在に遺伝子を変えるためには、狙ったところを切ったり、特定の塩基を入れ替えたりしなくてはいけないのですが、これがなかなか難しくて、多くの研究者がさまざまなアプローチをしていました。CRISPR/Cas9が画期的なのは、編集効率が高い(狙った場所を効率的に切れる)だけでなく、とても使いやすいところですね。

――実際にどうやって遺伝子を切っているのですか。

遠藤:遺伝子を切断する酵素(Cas9)と、切る場所を決めるガイドRNAがくっついたRNA/タンパク質複合体を細胞内に直接入れる方法や、Cas9タンパク質とガイドRNAをコードする遺伝子を細胞内に入れる方法があります。ガイドRNAというのは100塩基くらいのRNAなのですが、その中の20塩基を切断したい配列と同じ配列にしておくことで、Cas9とガイドRNAの複合体がゲノム中からその20塩基を探し出し、一致する場所を見つけると、Cas9タンパク質がゲノムDNAを切断します。操作自体は、一般的な分子生物学実験と大差なく、とても簡単です。

ゲノム編集を行った植物体からDNAを抽出し、変異を入れた遺伝子をPCR法で増幅する。まずは、アガロースゲルを用いてPCR産物の電気泳動を行い、遺伝子増幅の成否を確認する。

電気泳動後のゲルをDNA検出試薬に浸け、紫外線をあてるとPCR産物が見える。モニターに写っているのが蛍光標識されたPCR産物。

――遺伝子は数億の塩基の配列です。そこからわずか20塩基が一致する1か所を探し出せるのはすごいことだと思います。

遠藤:どういうメカニズムなのか解明されてきていて、それが今回のノーベル賞受賞につながっています。生物の遺伝子は、少し変わっただけで病気になる場合があり、逆にそこを治すと健康になったりもする。遺伝子のどこをどうすればどう変わるか、という基礎研究の蓄積があり、その知識に基づいて遺伝子を変えることができる技術ができたのはすごいことです。

多くの基礎研究の成果としてゲノム編集ツールが出来上がってきて、次々と面白いことが起きている。このタイミングで研究に取り組むことができるのは、本当に運が良かったと思っています。

編集技術と導入技術の組み合わせで多様な植物に適用

遠藤:CRISPR/Cas9によって特定の遺伝子を切ることはできるようになったのですが、その切断により変異を導入することでどのような変化が起きるかというところはやってみないとわかりません。切った箇所がそのままつながってしまえば編集は起きないのですが、塩基が抜けたり、逆に、核の中にフリーで存在する塩基が入ったりすると遺伝子がコードするタンパク質が変わるので、ゲノム編集された植物体の中から期待通りの変異が入った個体を選ぶ、というのが現在のゲノム編集です。ゲノム編集に使うツールの開発はすごいペースで進んでいて、毎月のように新しい論文が出ています。

――今までは運任せのところが、制御できるようになると、まったく効率が変わってきますね。

遠藤:ただ、ゲノム編集のツールが良くなったからといって、すべての生物のゲノムを自由自在に編集できるわけではないんです。植物の場合、植物種(しゅ)や部位によってゲノム編集酵素を細胞の中に入れるのが難しいものがあります。例えばイネの場合、葉は固いし、水分もないし、直接酵素やガイドRNAを入れることができないので、種子にある、胚盤と呼ばれる特定の組織を培養して、そこにCas9タンパク質とガイドRNAをコードする遺伝子を入れて培地で培養し、植物体を再生させるというようなやり方をとります。

培地の上でゲノム編集された細胞を培養すると、再生して植物体となる。土に植え替え育てて、植物体全体の遺伝子が編集されているかを確認する。

また、1つの細胞で期待するようなゲノム編集が起きても、植物体全てがそういう遺伝子を持っていなくては目的の作物ができたとは言えないですよね。ゲノム編集された植物体を作るには、増える能力がある細胞をゲノム編集しなくてはいけない。分裂活性がある部位、例えば新芽のような生長点の細胞をゲノム編集できれば、そこから生えてきた植物体は個体としてゲノム編集されている可能性が高いです。

――入れ方が植物の種類によって異なるんですね。ゲノム編集で新しい品種を作るためには、ツールや導入方法など必要なことがたくさんあって、遠藤さんのグループはその中のツールの開発改良を担当されているわけですね。

遠藤:そうです。ツールといっても同じものがあらゆる植物にとって最適というわけではないので、やることはいろいろあります。例えば、Cas9遺伝子を植物のゲノムに入れて植物の中でCas9タンパク質を作らせる場合、Cas9タンパク質をコードする配列の前後に転写制御領域と呼ばれる配列が必要なのですが、植物種によって、タンパク質の高発現に適した転写制御領域の配列が違います。できるだけ幅広い植物種で有効な転写制御配列を使うのですが、それでもうまくいかない植物に対しては個別に対応する必要があります。SIPバイオ農業は、さまざまなグループが強みを生かして一つの目標に向かっていくコンセプトです。私達のツール開発改良と、他のグループで研究している植物種に応じたツール導入方法を合わせて、最終的にいろいろな植物のゲノム編集が可能になります。

遺伝子を少し変えることでさまざまなことが変わる未来に係わりたい

――遠藤さんはどのようなきっかけで、ゲノム編集の研究に取り組むことになったのですか。

遠藤:高校生で進路選択の時点で農業に興味はあったので、筑波大学の生物資源学類という農学寄りの学類に進学しました。農業に興味を持ったのは、高校生の頃よく見ていた「素敵な宇宙船地球号」というテレビ番組の影響もありますね。その中では砂漠化の進行や、地球温暖化問題、オゾン層破壊とか、このままでは2000年頃には地球が危ない、みたいな話題が取り上げられていた時期です。問題解決の取り組みとして紹介されていたもの中には、環境保護や自然や農業に関係あるものもあったので、農学部に入れば環境問題に関することもできるのではないかと漠然と考えていました。

当時は地球とか砂漠とか大きなものを研究対象に考えていたのに、アルバイトがきっかけで遺伝子を切るとか貼るとか組換えるとか、どんどん小さいものを扱うようになっていって、まさかこんな細かいことをやるとは思っていませんでした。でもゲノム編集が砂漠の緑化に役立つかもしれないし、ぐるっと回って最初に志したことにも関係してくるかもしれません。

――基礎的な分野だからこそ、さまざまな場面で使われる技術を作れますね。

遠藤:最近は本当にこの分野の研究人口が急激に増えて、悩みも多いです。ここ数年は「こんなことをやったらどうだろう」と思うと既に誰かがやっていることも多くて、特に最近は中国が研究に力をいれているし勢いもあります。

ビッグデータとゲノム編集技術の融合に期待

――今、実際に研究に取り組まれていて、この研究のここが面白い、というポイントを教えて下さい。

遠藤:今までできなかったことができる新しいツールが、次々と出てきています。2012年のCRISPR/Cas9が出てきた頃は、ゲノム編集酵素もDNAを切るシンプルなものでしたが、最近は、DNAを切らずに塩基を入れ替えるものだったり、人工的に酵素を改変したり、発想がバラエティに富んでいて、異分野融合のようなことが起きています。そういう論文で、どんどん不可能なことが可能になってきているところがわくわくします。

――バイオ分野は、昔は地道に職人的にやってきたところに、次世代シーケンサーの登場によるビッグデータが得られるようになって、大きく研究スタイルが変わってきたように見えます。

遠藤:それは確かにあるかもしれません。最近、AI、ビッグデータといったホットなキーワードがあって、ゲノム編集と融合するとすごいことができそうだ、という期待はありますね。

従来の育種は、偶然発生した変異を見つけ出したり、あるいは交配によって寄せ集めたりすることで、何百年、何千年とかけて、野生の植物をおいしく収量の多い農作物に作り変えてきました。でも、「こういう植物を作りたい」というアイデアがあって、ビッグデータを使って複数の遺伝子を変える設計図をコンピューター上で作成して、その通りに人がピンポイントでゲノム編集技術によって変えていくようなことができれば、品種改良の期間を飛躍的に短縮できる可能性があります。

ただ、私達自身もAIやビッグデータについて学んでいますが、その道のプロにはなれません。新たな専門分野が次々とできてくると、分野の橋渡しになる人がいなくては、お互いに良いものを持っていても活用は難しいです。いろいろなアイデアはあっても、スピーディに具現化していくことの難しさは、常に悩ましく思っています。今後は、バイオの専門家、情報処理の専門家など、さまざまな分野の研究者がチームを組んでいくことが、一流の研究成果を挙げるために本当に重要になってくるのではないかと思っています。

9割失敗でも小さな成功を積み重ねて成果を出す

――今まで研究してきて印象に残っていることはありますか?

遠藤:「印象に残っていること」というのとはちょっと違うかもしれませんが、やはり苦労して仕上げた論文がアクセプトされた時は嬉しいし、達成感があります。逆に、「私達が1番じゃない?」「これすごくない?」と思っていた同じようなものが直前に違うグループから出てしまったりすると落ち込みます。

――苦労した論文は、どんな内容だったのでしょうか。

DNAは通常、ぎゅっと凝集した構造になっているのですが、これが少し緩むような変異体があります。この変異体だとDNAの損傷が起きやすく、相同組み換えによる修復の効率がすごく高い、という論文を書きました。

相同組み換えというのは、損傷した部分と少し似たような配列を鋳型としてコピーし、遺伝子を修復することで遺伝子が組み換えられる現象です。ゲノム編集の場合、目的の位置でDNAを切断するだけでは、どんな変異が入るか分かりません。相同組み換えであれば、お手本となる配列に自分が入れたい変異を乗せておくことで特定の塩基を削ったり、足したりという比較的高度な編集が可能になるのです。

なので、私達は遺伝子の切り口で相同組み換えによる修復の効率を上げる方法を探しているなかで、DNAの凝集した状態が緩ければ、たぶん鋳型のDNAも近くに呼びやすいし、DNAを修復するタンパク質もくっつきやすいのではないかという仮説を検証しました。同時期に同じ変異体を扱っている別の研究グループが、私たちとは違う解釈の論文を出そうとしていたので、それよりも少しだけ早く、相手にないデータをつける、といった苦労をした記憶があります。

――研究現場の最先端での競争の一端を見た気がします。

遠藤:日常の研究でやっていることは、本当に地味なんですよ。日々9割失敗する中で、小さな実験が1つうまくいけば「今日はいい日だったな」って、そんな毎日の積み重ねです。研究って粘り強くやっていれば何かしらまとまっていくものなのかもしれません。

入口も出口も、間口の広さがゲノム編集の魅力

――これから農業・バイオ分野の研究者を目指そうとする方も、ゲノム編集には注目されていると思います。遠藤さんから見て、このテーマの面白さはどこにありますか。

遠藤:ゲノム編集はさまざまなことに使える技術です。環境問題に興味があれば環境浄化に役立つ植物を作る、食料問題解決のために収量が多い、あるいは過酷な環境でも育つ植物を作る、医薬品の原料となる植物を作る、などさまざまな使い方があります。

植物は、人が生きていく上で、食物として身体を作り、花や紅葉の美しさが心を豊かにする、常に身近にあり、かつなくてはならないものです。社会課題の解決に役立てたいというだけでなく、そんな植物自体のメカニズムが面白いと思っている人も、私のように「遺伝子を変える技術がいろいろあるなんて面白いな」っていう純粋な興味から入る人も、ゲノム編集を行っている研究者の興味は様々だと思います。

いろいろな入口があって、いろいろな出口があり、研究に足を踏み入れてからさまざまな面白さが見いだせる。そうした広い分野に関係があるのが、この研究の良い所だと思います。

遠藤 真咲(えんどう・まさき)

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
生物機能利用研究部門 遺伝子利用基盤研究領域
先進作物ゲノム改変ユニット 上級研究員
2007年 筑波大学大学院 生命環境科学研究科博士課程修了。博士 (農学)。
2007年 日本学術振興会特別研究員
2009年 独立行政法人 農業生物資源研究所 任期付研究員
2010年 Purdue University 客員研究員
2014年 農業・食品産業技術総合研究機構 生物機能利用研究部門 主任研究員
2020年より現職。
専門は、植物分子育種。