生物系特定産業技術研究支援センター

SIP

第2期 スマートバイオ産業・農業基盤技術

Creative Reserchers - 研究者インタビュー

第5回

経験値が生きる物理・生物・情報の学際分野で
工学の中にサイエンスを見出したい

第5回 亀田 倫史 産業技術総合研究所

バイオ分野でのゲノムやタンパク質などの膨大な変異体の中から高機能なものを選び出す際に強力なツールとなるのが、シミュレーションや人工知能などの計算科学です。SIPスマートバイオ産業・農業基盤技術(以下SIPバイオ農業)で、「資源循環」分野の研究に携わる産業技術総合研究所(産総研)の亀田倫史さんにお話を伺いました。

シミュレーションと人工知能を組み合わせるスタイル

――SIPバイオ農業の中でも資源循環は非常に幅広く、いろいろなことをされている研究者が集まっていますが、亀田先生の関わっておられる研究はどのような分野になるのでしょうか。

亀田:「グリーンケミストリー」という分野になります。ナイロンなどの化学繊維はポリマーといいますが、その原料になるモノマーを、微生物中の酵素を使って作らせることで、環境にやさしいものづくりに取り組んでいます。どの酵素を使えば活性が上がるか、もっと性質のよい酵素を作るにはどうするかといったことを研究していて、産総研が理論とシミュレーション、東北大学や地球環境産業技術研究機構(RITE)が実験を担当しています。

――理論とシミュレーションを担当する産総研の中でも、亀田先生のご所属は「人工知能研究センター」です。人工知能は、ものづくりのなかでどのような役割を果たすのでしょうか。

亀田:例えばタンパク質を構成するアミノ酸は20種類あるのですが、これが2個つながると、20×20で400通り、3個つながると20の3乗で8,000通りの組み合わせができます。このように、バイオ分野の課題は場合の数が指数関数的に増えて、膨大になります。DNAやRNAも、それぞれAGCTとAGCUという4塩基の組み合わせですから、あっという間に数が増えて億のオーダーのすごい数になってしまいます。

人工知能は、ごく少数の実験を元に、何十万から何百万通りの実験の結果を予測することができる手法です。人工知能を使って良い結果が出そうな組み合わせを選び、実験をすることで、実験のコストや手間を減らすことができます。

一方でシミュレーションというのは、絞り込みではなく計算で実験を代用する手法です。学習データは不要なので、シミュレーションがデータのジェネレーターになり得る。つまり、実験の代用になるんです。

このように、よく当たるが学習データが必要な人工知能と、学習データが不要なシミュレーションの組み合わせが私の研究スタイルです。そうして、実際に試験管を振る実験は最小限にとどめることで、研究の効率を上げています。

――SIPバイオ農業では、今は何を主に取り組んでいらっしゃるのですか。

亀田:東北大学(梅津光央教授)やRITE(乾主席研究員)とは、脱炭素酵素、化学物質からカルボキシ基を引き抜く酵素の活性を上げる研究をしています。分子動力学(MD)シミュレーションで、このアミノ酸を改変すれば良さそう、という位置を複数箇所予測します。次に、その位置にアミノ酸変異を入れ、活性に対する効果を実験で実際に確認します。アミノ酸は全部で20種類ありますから、1か所につき20変異体を作成し、活性を測定します。

この作業によって、酵素活性が上がりそうな変異位置4~5か所が特定できたら、今度は、1か所にだけでなく、4~5か所全部にアミノ酸変異を入れた変異体を作成し、効果を実験で確認します。今度は1か所ではなく、5か所同時に変化させるので、組み合わせが20の5乗なので320万通りもあります。これをすべて実験するのは不可能なので、ここで人工知能を使います。まず100個の変異体を作成し実験して活性を測定します。次に、この100個の実験結果を学習データとした機械学習を行い、第一位から320万位まで、活性ランキング予想を行います。その上位ランキングの変異体をさらに作成し、実験・測定を行います。得られた実験データをさらに学習データに加え、機械学習→実験の手順を繰り返すことによって、さらに活性が高い変異体を発見しようとしています。

現在は、実験をしないで、高機能蛋白質を創出する研究もしています。実験ではなく、MDシミュレーションのみで変異体の性質を測定し、その結果を学習データとして利用した機械学習を行うのです。計算が終了した最後の段階でのみ、実験を行いその効果を確認するのです。

物理・情報・生物の組み合わせでものづくりを効率化

――酵素のはたらきを人工知能やシミュレーションなどの計算手法で追究していらっしゃるということですが、もともとのご専門はそちらの方だったのですか。

亀田:もともとは物理学が専門なんです。物理の中でも生物物理で、タンパク質の動きやDNAをシミュレーションで見るということをしていました。MDシミュレーションが最初で、今、人工知能が使えるようになってきたので、それを組み合わせる方向にシフトしつつあります。

また、今までの話は、酵素の機能を良くする、例えば耐熱性を上げる、化学反応の触媒としての活性を上げる、といったことですが、微生物に酵素そのものを作らせることもできるわけです。私は遺伝子を改変して微生物に酵素を大量に生産させる研究もやっています。バイオインフォマティクス、情報学的な手法で遺伝子を変えて大腸菌や酵母などの微生物に入れることで、タンパク質の量が増える。酵素の量が2倍になれば物質生産量も2倍になり、効率が上がります。このように複数分野を組み合わせた研究をしています。 最近、この手法を産業用微生物である、ロドコッカスに適用した内容で執筆した論文はScientific Reportsに掲載されました(Saito Y et al., 2019)。

――物理の中でも生物物理というのは少し異質ですよね。

亀田:物理学の中でも新しい分野をやりたいと思って選びました。生物というと進化の要素が入ってくるのですが、タンパク質はもっと進化できるのに進化しきっていないのではないかという思いがあり、コンピューターで人工進化させて最適化していこうと取り組んだことがスタートです。

あと、医学的なことにも興味があって、北海道大学・生命科学院の客員准教授として、創薬の研究もしています。薬学部は化学も生物も知らないといけない、陸上の十種競技みたいな総力戦なんですよ。すごい得意技があるというよりは、幅広くやることで、「こんな薬が欲しい」といわれたら、何が来ても応えるという薬学のアプローチは、興味の範囲が広い私の指向と合っているのかもしれません。

あと、ナノ材料の分野でもいくつか共同研究をやっていて、最近の論文だと、アミノ酸と芳香族性の表面の親和性(結合のしやすさ)を表すアロマフィリシティという概念を新たに提案しました。特にグラフェンに対するアロマフィリシティをインデックス化したものを論文で報告しています(Hirano A & Kameda T, 2021, ACS Appl Nano Mater)。グラフェンやカーボンナノチューブを生体内で使うためには、ペプチドのようなタンパク質でコーティングすると良いという話があり、このランキングはそうした分子を設計するために役立ちます。この論文は大変高い評価をいただいていて、ダウンロード件数が1か月半で4000回を超えているんです(2021年4/9現在、4026回)。この雑誌に同時期に公表された論文の閲覧数は100回前後なので、数十倍見られていることになります。

――それはすごいですね。それもMDシミュレーションの成果ですか。

亀田:そうです。他にも、タンパク質、化合物、ナノ材料など、なんでもMDシミュレーションしたり、MDと人工知能と組み合わせていくという感じの研究で、共同研究が20以上あります。MDシミュレーションというのはあくまでも予測なので、必ず実験系の研究者と組んで、実験で本当にそれが成り立つのかを確認していただくようにしています。

シミュレーション結果を3次元モデルで可視化。良いと判断したものを実際の実験で確認することで、効率良い設計開発が可能になる。

集中力と経験のバランスでパフォーマンスが上がる分野

――分子物理学や生物分子の研究では、AIやシミュレーションを有効な手法として皆さん認識されているのでしょうか。言い換えると、「亀田先生のようなAIやシミュレーションの研究者と共同研究すると研究がはかどる」と皆さん思われている状況なのですか。

亀田:そのように思われている人は少ないと思います。シミュレーションはやはり物理学・理論化学の一手法なので、シミュレーションを専門とする方で生物学の要素も入った研究をされている方はほとんどないと思います。生物物理学会などでシミュレーションを使っている方も、どちらかといえば実験データの分析に使われていて、シミュレーションを使って酵素の活性を上げるとか、工学的な使い方をされている方はほとんどいません。

一方で、たとえば創薬の業界では、抗体タンパク質などバイオ医薬品を作るためにAIとシミュレーションを組み合わせた研究などがどんどん行われており、産業界からはニーズが高まっています。とはいえ、ニーズに応えるためには生物学、物理学、情報学に加えてコンピューターに関する能力が必要、ということで、そういった人材になるのはなかなか難しいんじゃないでしょうか。

例えば、ドラゴンクエストの「けんじゃ(賢者)」みたいなものですよ。様々な技術が身につきますが、レベル上げに膨大な経験値が必要でなかなかレベルが上がらない職業です。

――亀田先生はなぜ"けんじゃ"になったのですか。

亀田:興味の対象が幅広いからじゃないでしょうか。微生物の発酵や、どうやってタンパク質を増やすのかなんてことにも興味があったので共同研究をよくやっていました。すると、一緒に研究している方が「こういうことができないか」とリクエストされることがあり、それに対して「できることをやろう」、と応えていたらこうなりました。

"けんじゃ"としてどこまでレベルが上がったのかはわかりませんが、こんな風に研究してきたことは、研究者人生としては良かったと思っています。というのは、物理や数学は、集中力が続く若いうちに才能を発揮できることが多い分野といわれています。でも、農学や工学など応用的な分野では、いろいろなことを知らなくてはいけなくて、経験が必要です。集中力と経験値のバランスで、物理の研究者は20代、化学だと30代でおそらくパフォーマンスが最大になるといわれています。私はおそらく40代の今が最大でしょうね。

具体的な問題を通して新しい理論が生まれる

――「こういうことをやりたい」と言われたことに応えるのが楽しくてやってきた、という感じですか。

亀田:楽しさと自分の興味、半々ですね。計算機を借りるにもお金がかかりますから、実験系の方々のニーズにこたえながら予算をいただいて、そこに予算が付きにくいけれども自分が面白いと思うことも載せていくという感じです。

工学的なことや農学的なことって、仕組みや理論よりも結果に重きを置くところあります。でも、私はやはり「なぜそうなのか」ということを追いたい。工学の中にサイエンスを見出したい。だから、両方を追いかけている、というのはあります。出身が理学部ということもあり、マインドは理学なので、工学的なことをやっていても「なぜそうなのか」という発想はでてくるんです。

――「工学の中にサイエンスを見出す」っていいですね。

亀田:例えば量子化学が生まれたのは分光学がきっかけです。製鉄炉の中で鉄が溶けて、温度が上がると赤くなったり白くなったりすることは昔から知られていましたが、その現象を調べていくうちにレイリー・ジーンズやウィーンの理論が出てきて、その2つをプランク定数を使って統合したのがプランク、それを原子構造と組み合わせたのがボーアの前期量子論で、そこから現代物理学理論の礎となる量子力学につながった。このように工学的ニーズがスタートになってサイエンスが生まれることって、珍しいことではないんです。

大学生の時に、数学科の教授に「大数学者になりたければ物理をやりなさい、数学は物理から生まれるから」って言われたんですが、数学にとっての物理が、物理にとっての工学なんですよ。具体的な問題を通して見えてくるものがあると思うし、そこから新しい学問を作りたい。

素数の研究なんて昔は役に立たないことの代表みたいに言われていたのが、今は最大の素数を見つけると暗号が破られにくくなるわけですよね。これは逆にサイエンスが工学になった例ですが、こんな感じで、あっちに行ったりこっちに行ったりということが重要だと思います。

バイオ医薬品の価格破壊を目指したい

――亀田先生が今後取り組みたいと思うテーマはありますか。

亀田:やりたいことはいろいろあるのですが、シミュレーションの分野では、酵素改変やナノ新素材を、MDシミュレーションと人工知能を組み合わせて開発したいです。

あとは、最初の方でお話しした、微生物に酵素を作らせるための遺伝子改変です。数百万通りある改変をスーパーコンピューターで全部展開してタンパク質生産力が高そうなものを選んで、大腸菌、放線菌、酵母などに入れて発現させることで、酵素生産量を増やすことができます。これを、昆虫細胞や哺乳類の細胞にも展開していきたいと考えています。

なぜ哺乳類かというと、最新の抗体医薬品などのバイオ医薬品って哺乳類の細胞で作っているんです。胃がんや乳がんに対するハーセプチン、肺がんをはじめとする様々ながんに効果のあるオプジーボなどによって、これまで転移しやすく予後が悪い、亡くなりやすい病気だったのを薬で治すことができるようになりました。昆虫細胞は、インフルエンザなどへのワクチン製造に使われています。

――抗体医薬品ってものすごく高価ですよね。製造が大変だからなのでしょうか。

亀田:糖タンパク質は、アミノ酸と糖鎖からできているのですが、人間の糖タンパク質の糖鎖と、昆虫・酵母の糖タンパク質の糖鎖は異なる性質を持つので、人間の身体に入ると異物として認識されて、免疫機能が発動して破壊されてしまいます。これを防ぐためには人間のものに似た糖鎖をつけないといけなくて、そうするとやはり人間に似た動物、ということで哺乳類の細胞から作ることになる。今は、チャイニーズハムスターの卵母細胞(CHO細胞)から作っているのですが、生産量がすごく少ないんです。だから高くなる。

オブジーボの薬価って、1年間投与すると1000万円以上します。実際は高額医療になるので、収入にもよりますが1か月8万円程度の支払いで済みます。でもその差額は健康保険から出すことになるので、下手すると健康保険制度が破たんしかねない。つまり、お金との闘いになってしまうんですね。このバイオ医薬品の生産効率が上げられれば、価格も下がるはずです。

薬というと創薬に目が行きがちですが、既存の薬を安く作るというのも医学的にはとても大事なことだと思います。まだまだ研究すべきことはたくさんあります。人手が欲しいなと思います。

――この分野に興味がある方に、研究の魅力を語って下さい。

亀田:農学的、工学的なさまざまなテーマを理論的にやることで、試験管を振る実験をしなくても、現実に沿った結果を出せるのは、とても面白いと思います。とにかく力づくで、結果を当てれば勝ち、ではなく、理論的に行きたいし、「なぜ」が分かるとそれを元に次の発想が生まれたりします。

あと、昔と違って、大学院を出てから研究者にならなかったとしても、いくらでも就職先はあります。理論物理学者で、京都大学理学部の学部長もされた佐藤文隆先生の回顧録を読んだら、理学部で博士課程に進学するのは、その後就職できなくなることから、寺に出家する覚悟だったと書かれていまして、実際私もそんな感じだったのでした。でも今は、進学してから研究者に向かないと思っても、バイオ系でもIT系でも就職先はあります。特に、人工知能が分かる人材は大変不足しています。もし、迷っている学生がいたら、まずは安心して博士課程に来てください。きっと面白いことができると思います。また、現在ポスドクを募集しています。興味がある方はJREC-INで私の名前を検索してください。直接連絡してもらっても構いません。

亀田 倫史(かめだ・ともし)

1998年3月 京都大学理学部 卒業(主に物理を修める)。
2000年3月京都大学大学院理学研究科 修士課程修了。
2004年3月 神戸大学大学院自然科学研究科 博士課程修了、同博士号取得(理学)。
2004年4月~現在 産業技術総合研究所 (現:人工知能研究センター 主任研究員)。
2011年5月~現在 北海道大学大学院 生命科学院 客員准教授。
専門は生物物理学、バイオインフォマティクス。一貫して理論研究を行ってきた。