生物系特定産業技術研究支援センター

SIP

第2期 スマートバイオ産業・農業基盤技術

「食のサステナビリティ」実現のカタチ ~SIPバイオ農業の社会実装~

#03

「データ駆動型生産」による需給バランス最適化とフードロス削減

山本(前田)万里
 「食によるヘルスケア産業創出」社会実装責任者
 (農業・食品産業技術総合研究機構食品研究部門 エクゼクティブリサーチャー)

原田久富美
「スマート生産システム」社会実装責任者
(農研機構 本部 NARO 開発戦略センター長)

1.何を研究しているのか

スマートフードチェーン(生産)コンソーシアムは、スマートフードシステムのうち「生産」に関する研究開発を担っています。データを活用し、データに基づいた農業の実現を目指すなかで、「露地野菜の精密出荷予測システム」、「バレイショの打撲予測システム」という2つの生産の最適化に関する仕組み作りに取り組んでいます。

「露地野菜の精密出荷予測システム」は、気象データに基づいて自動で、かつ正確に露地野菜の収穫と出荷の予測を行うシステムです。キャベツやレタスといった露地野菜は、適期を逃して収穫が遅れると、球内の葉が詰まりすぎて球が裂ける「裂球」や、球内の葉が変色する「内部褐変症」という現象が起きます。このようなキャベツやレタスには商品価値がなく、廃棄されることから、キャベツの重量増加と廃棄による損失とのバランスから収量が最大となる収穫適期の予測が重要となります。

「裂球」
大きくなり過ぎ割れが生じたキャベツ

「裂球」
収穫適期を逃し、褐変症が発生したキャベツ

露地野菜の生産現場では、一般に生産者の勘や経験に頼った収穫日の予測が行われています。実証地の事例では、2週間前の予測で±11日の誤差があり、その結果として収穫物のおよそ10%で収穫遅れによる廃棄が発生していました。精密出荷予測システムでは、気象データからキャベツの生育をコンピューターでシミュレーションすることにより、収穫適期を3週間前に±5日の精度で予測することができます。 このように精密出荷予測システムでは、収穫適期を精度よく予測することで、計画的な収穫作業による廃棄の半減と収量向上を図るとともに、出荷時期・数量を予測して取引先と共有することにより収益の最大化を目指します。

「バレイショの打撲予測システム」は、貯蔵中にイモの内部が褐変(灰色から黒暗色に変色)する「打撲」の発生を低減するための仕組みです。打撲は表面から判別できず、皮を剥いて初めてわかるものであり、原因は品種や気象条件、圃場の土壌状態、収穫機械の設定など多岐にわたります。打撲のあるバレイショは、例えばポテトチップス等に加工した際の見映えに影響するので廃棄されます。打撲により恒常的に7%程度の廃棄が発生しているため、できるだけ発生を抑えることがフードロス削減や生産者の収益向上につながります。

打撲による加工品への影響
左側の打撲により変色したバレイショの加工品は廃棄となる

現在のシステムでは、地温の低下が打撲発生のリスクにつながるという知見に基づいて、推定地温により収穫作業時期の適否を判断できます。バレイショの品種ごとの内部組織の硬さに基づいた打撲耐性に加え、収穫時の地温を高精度に予測することで、最適な地温となるタイミングで収穫し、打撲を半減することを狙っています。システムの有用性確認のため、打撲が多く発生すると見込まれる推定地温の状況で、あえて収穫を実施したところ、40%の収穫物に打撲が発生しました。

これらの取り組みにより生産段階の打撲による廃棄を大幅に低減し、最終的なフードロスを10%減らすことを目指します。

2.社会実装のビジョン

研究成果の社会実装については、2つのテーマのいずれも研究開発においてアルゴリズムを完成させ、それを農業事業者向けのクラウドサービス「WAGRI」においてAPIとして実装し、外部の事業者がアプリなどのITサービスの形で提供、主に生産者がそのサービスを利用することを想定しています。

「露地野菜の精密出荷予測システム」では、参画機関であるイーサポートリンクとビジョンテックがそれぞれアプリの開発と実証に取り組んでおり、SIP「スマートバイオ産業・農業基盤技術」のプロジェクト終了までにサービス提供開始を目指しています。また、このプロジェクトで農研機構が開発した生育予測システムのAPIをWAGRI上で公開します。これによりWAGRIへの接続を通して誰でも有償で利用可能となり、これによってより良いサービスが民間事業者により提供されることを期待しています。

露地野菜精密出荷予測事業のビジネスモデル

「バレイショの打撲予測システム」では、参画機関である十勝農協連がアプリを開発し、実証に取り組んでいます。また、バレイショの大口需要者であるカルビーポテトも、打撲の発生状況についてデータ提供に協力しているほか、自社の契約生産者への栽培支援システムという形でサービス提供を行っていく計画です。さらに参画機関のひとつであるズコーシャでは、プロジェクトで収集したデータに合わせて衛星画像を利用した栽培管理支援について、生産者向けのコンサルティング事業を実施する予定です

圃場のバレイショ打撲予想事業のビジネスモデル
3.実現することのメリット

これまでスマートフードチェーン(生産)コンソーシアムでは、「露地野菜の精密出荷予測システム」と「バレイショの打撲予測システム」の導入効果、メリットの実証に取り組んで来ました。

露地野菜を扱う大規模な生産法人や出荷団体では、点在する多数の圃場すべてにおいて生育状況を適切に把握することが求められています。しかしながら、人員不足から生育状況の把握が十分に行えず、収穫時期を見逃してしまったり、収穫に必要な機械や人手の手配が間に合わずに採り損ねたりするといった課題がありました。

露地野菜の精密出荷予測システムの導入によって、労力をかけずに圃場ごとの最適な収穫時期を予測し、それに基づいた収穫計画および出荷計画を立てることが可能になり、収量の最大化のみならず、出荷先を事前に調整することで産地での余剰の破棄といったロスの削減できます。

また、実証の取り組みでは、実証期間において記録的な干ばつ条件となったため、例年よりも球の肥大が悪く、3~4割も収量が低下したことがありました。従来の経験による収穫予測では、取り遅れ気味となり内部褐変症が多発しましたが、精密出荷予測システムの予測に基づいた収穫計画を実施したところ、従来の経験による予測に基づいて収穫した場合と比較して、収量自体は同等だったものの、褐変等による廃棄が65%削減され、出荷量を35%増とすることができました。

バレイショについては、収穫時の打撲発生を抑えることは、大口需要家である食品メーカーにとっては安定供給につながり、生産者にとっては収益向上となります。現時点では、我が国のバレイショ主産地での提供を目指していますが、今後、地域が広がることにより、より効率的な農業の実現につながることが期待されます。

4.これまでの進捗とゴールまでのステップ

「露地野菜の精密出荷予測システム」、「バレイショの打撲予測システム」ともに、前述の通り現場における導入メリットの実証に取り組んでおり、そこで一定の成果を上げています。基本的なデータの収集とアルゴリズムの開発については完了し、今後は対応品種の拡大、予測精度の向上などが図られていく予定です。

いずれのテーマとも、その利用者と受益者、提供者といったステークホルダーが明確であり、それぞれのシステムがサービスとして提供され、事業として継続していくために必要なビジネスモデルについても、明確になっています。実際に、露地野菜については、イーサポートリンクとビジョンテック、バレイショについては十勝農協連やカルビーポテト、ズコーシャが事業化に向けて取り組んでいます。

また、これらのシステムによる収穫時期や数量といった情報を流通事業者などに提供するためスマートフードチェーンプラットフォーム「ukabis」に実装予定の出荷予測情報提供APIと、それを利用する専用ビューワーアプリの開発も進められています。なお、WAGRIは主に農業関連事業者による利用を想定しているのに対し、ukabisは流通など農業関連事業者以外の事業者の利用を想定したプラットフォームとなっています。

今後は、そのビジネスモデルの事業性が確かなものか、また他の事業者が参入し市場として拡大するか、競争によってサービスが向上するかといった、事業開発のフェーズとなっていきます。システムに対するニーズやその便益が明確であっても、利用者ごとに投入コストや労力を越えるリターンが得られるかどうかは、多くの経営条件的な要素の影響を受けます。そうしたハードルを乗り越え、他の作物や地域に横展開し、最終的に日本の食と農業に貢献することを目指しています。

連絡先
原田久富美(農研機構 本部 NARO 開発戦略センター長)