生物系特定産業技術研究支援センター

SIP

第2期 スマートバイオ産業・農業基盤技術

研究インタビュー

第3回

バイオ資源活用技術・バイオ素材の開発
スマートフードシステムの"静脈"を生物機能で担う

第3回 水無 渉 サブプログラムディレクター

インタビューの第3回は、水無 渉サブプログラムディレクターに、「バイオ資源活用技術・バイオ素材の開発」が目指す生物機能を利用した材料生産や、SIP第2期の他コンソーシアムとの連携についてお話をうかがった。

有価物を取り出し、農産物系資源を使いつくす

――水無サブプログラムディレクターがご担当の「バイオ資源活用技術・バイオ素材の開発」では、どのような研究をされているのでしょうか。

水無:生物の力でバイオマスから有価物を作るという取り組みについて、サプライチェーンの入口から出口までのプロセスを一貫して扱う研究体制で進めています。

入口というのは、バイオマス原料、例えば、籾殻、稲わらといった農産物系の廃棄物を活用して有価物を採りつくすための研究です。具体的には、これらの農産物系廃棄物から高純度シリカ、芳香族系化合物、フレーバー成分、そして糖類を回収する技術です。直接、高付加価値マテリアルとして展開できるものもありますし、多量に得られる糖類を原料に、高機能化学品、高機能ポリマーを作ることにも取り組んでいます。これらが出口側になります。ポリマーの分子設計と、生物機能を利用したものづくりを組み合わせることで、耐熱性、生分解性、高機能性といった、社会のニーズにマッチしたものを開発する技術を組み上げていきます。

バイオ系素材は、コストが高いためニーズに合わないケースが多いのが現状です。1つの理由としては、原料が高いんですね。そこで、廃棄物を有効に原料とすることにより、低コスト化が狙えます。

2つめの理由は、生産過程で出る排水や、廃棄物の処理にコストがかかることです。そこを解決するために、バイオ生産で出てきた排水や廃棄物を効率的に処理し、さらに有価物を回収する技術を開発することを進めています。

これらを組み合わせることで、農業廃棄物から高付加価値品を取りつくし、かつ、取り出した糖を原料とする高機能性のポリマーを開発し、市場に出していく。さらに、排水の浄化だけでなく、有価物を効率よく取り出し、活用する、このような一貫した技術開発を進めています。

――SIP第2期のスマートフードシステムの中では、どのような位置づけになるのでしょうか。

水無:スマートフードシステムの概念図では「資源循環」と表記されていますが、これは「静脈系」とも言われる部分です。生物は動脈と静脈の両方が動いていないと生きていけない。スマートフードシステムにおける動脈は一次産品や高機能食材ですが、我々が担う静脈は、それらが利用された後の廃棄物を処理・浄化するだけでなく上手く有価物を取り出して産業をつなげていくポジションです。有価物を供給するという点では動脈でもありますが。

ビッグデータを活用して設計図を探す
水無 渉 サブプログラムディレクター

――籾殻や稲わらから取り出した糖類から、どうやって高機能なポリマーを作るのですか。

水無:微生物の体内で、糖類を発酵させてポリマーの原料となるモノマーを生産させます。その際、どんな形の分子を作ればよいのか、分子デザインの方法論を確立することも、我々の研究課題の一つです。そしてターゲットが定まったら、生物機能を使って物質を迅速に低コストで生産する。という、2つの課題からなります。いま、研究室レベルでは、最高水準の耐熱性を持つ芳香族系のポリマーが作れるようになっています。モーターの電線被覆材、固体電池素材など具体的な活用イメージが見えていますので、これの生物生産を急いでいます。

――生物の体内で起こる発酵で、生産される分子の形まで制御できるのですか?

水無:合成生物学と呼ばれている分野なのですが、生物に必要な機能を持った遺伝子を入れることで、望む代謝経路を設計することができます。これにより、本来は生体内に存在しなかった化合物でも酵素反応で変換して作ることができます。例えば、お酒を造る時は、酵母を使ってでんぷんを最終的にアルコールに変換します。その時の反応は多段連続的に複数の酵素が作用しているのですが、特定の酵素を入れてやることで、通常の経路をバイパスして目的の化合物に変換するルートを新たに作ることができるのです。

――遺伝子がプラントの設計図の役割を果たすというわけですか。

水無:はい。そのために、まず、目的の化合物をつくる酵素を探すところから始めます。酵素反応というのは類似した化合物の官能基に対してどのようにはたらくかというパターンがありますので、データベースを活用して類似した構造体に反応する候補が予測できます。この予測を組み合わせることで、生物で変換できそうな化合物のライブラリが作れます。設計図の候補ですね。 それをポリマーにした時の物性がどうなるのかを計算、予測して実験的に検証します。実証されれば機械学習の教師データとして、実証できなければ学習データとして活用して予測精度を上げていきます。

――つまり、酵素と、作り出す分子の組み合わせがたくさんある中で、どの組み合わせがよいかを機械学習で効率よく選び出しているのですね。目的のモノマーが見つかったとして、それを作るために入れる遺伝子配列は既に分かっているのでしょうか。

水無:遺伝子配列については、既に解読済みのかなり大きなデータベースがあります。ただ、遺伝子は分かっていても、酵素としての性質は検証されていないケースもあります。実際に調べてみて、ちょっと活性が低いなということになったら、遺伝子を変化させてタンパク質構造の変化を起こすことで改善していくような技術もあります。

――どこをどう変えたらいいかといったことも、ビッグデータや機械学習を活用して、シミュレーションしながら探していくわけですか。

水無:その通りです。完成度はまだ高いとはいえませんが、酵素の立体構造やモデリング技術などによる予測結果が有望なものから試すことで、実験全体の効率を上げていくことはできるようになっています。ただ、本当にピンポイントで「目的のポリマーを作るために、どの酵素のどこをどうすればいい」という方法を見つけ出すのはまだ難しいので、そこは将来に向けた課題です。

日本の強みと組み合わせることで勝てるシナリオが現実に
水無 渉 サブプログラムディレクター

――遺伝子レベルで設計して、生物に物質を作らせるということが既に現実になっているんですね。これは他の国々でも研究されているのですか。

水無:世界中で競争になっています。作る技術そのものは、欧米が進んでいて、日本は若干遅れをとっているのですが、ポリマーをターゲットにすることで、勝ち目が出てきます。

既に、包装材をはじめとする機能性素材の分野で、日本は強みをもっています。どのような機能が求められているかの理解に加えて、それを設計する技術が競争力の源泉になる。化学の分野で培ってきた技術と、生物機能による生産という新しい技術をすり合わせる。そして、強い技術、強い事業とカップリングすることで効率を上げ、作ったものの使い道まで提案するところまで持っていければ、勝ちのシナリオが作れると思っています。

――SIP第2期5年間の取り組み修了後には、例えば先ほど例に挙げていただいた高耐熱性のポリマーのようなものを作る技術が形になっていて、どこかの企業が引き受けていくようなイメージでしょうか。

水無:実装前に安全性や耐久性などの評価を受ける必要がありますから、我々の生活の中にある、例えば自動車のモーターや電池に使えるというのは5年後よりも先の話になるかもしれません。そこに向けて、各社がコラボレートしながら、製品化に向けた初期段階の開発が進み始めているところをイメージしています。

微生物とカイコは適材適所
水無 渉 サブプログラムディレクター

――昨年、報道されて話題になった「光るカイコ」も、資源循環の中に位置づけられています。

水無:光る糸は、社会へのアピールのためには有効と思いますが、このプロジェクトでスコープに入れているのは、カイコを使って、薬品原料や診断キットに使えるような高機能タンパク質をつくることです。資源循環の枠組みでは、桑だけでなく農業廃棄物を餌として活用することも議論していく必要があると思っています。

――微生物を使ってポリマーを合成するように、カイコを使って何かを作る手法を確立するということですか。

水無:そうですね。作る手法自体は確立していると考えています。カイコ自身を使ってタンパク質を作る技術、カイコに感染して発現するウィルスを使って作る技術です。もともとカイコは絹糸というタンパク質を作る機能を持っていますから、そこから設計して他のタンパク質を作らせることが比較的容易にできます。

また、昆虫は個体管理ができるので、医薬品の製造には必須のGMP(Good Manufacturing Practice)に沿った生産管理が低コスト化しやすいと考えています。ただ、事例はまだないのでそれも新たな挑戦になります。

――カイコは数えられるし、健康状態も見れば分かるので、わかりやすいですね。先ほどお話しいただいた、微生物を使った手法も、医薬品等を生産する場合はGMPの対象になるのですか?

水無:今回は微生物についてはポリマーをターゲットにしていますので、GMPは必要ありませんが、遺伝子組み換えを行う施設については、設備基準の適合が必要です。

微生物の良いところはクローン管理ができるので、確実に安定な条件でシードを作っておけば、基本的には同じことをくり返すことができます。カイコの場合はクローンでやろうと思うとコストがかかるので、通常の繁殖が使われます。純系としての管理はされていますが、突然変異などがないとも言い切れません。
ですから、カイコと微生物、それぞれにメリットもデメリットもあるので、上手く使い分けることが大切です。

SIP第2期の他コンソーシアムとも密接な連携を
水無 渉 サブプログラムディレクター

――最初にポリマーのデザインをする時に、ビッグデータのバイオ系のデータベースを使われているとのことでしたが、前回のインタビューでお話をうかがった鎌形SPDのバリューチェーンデータ連携基盤構築とも連携していくことになるのですか。

水無:これから密に連携して進めていくことになります。今後、発生するデータについては、統一フォーマットで記載していくので、使いやすいものになるはずです。

一方で過去のデータについては必ずしもそうはなってない。形式が違うだけなら変換すればよいのですが、そもそも必要な項目が記載されていないデータもあります。そうしたものを補完したり、取り直したりというところでも連携が必要です。

日本では、せっかく作ったデータベースが、プロジェクト終了後に維持がされないままになっていくケースがとても多かった。バリューチェーンデータ連携基盤構築ではそのあたりにもメスを入れていくので、我々もそれを見据えたデータ蓄積をしてかなくてはいけないと考えています。

――企業がプライベートで持っているデータをできるだけオープンにしてもらうことも取り組みとしては重要になりますか。

水無:企業が出したがらないデータは、自分たちで価値が判断できないものであることが多いんですよね。そういうものは抱え込まずに、仲間を組んで一緒に知恵を出して、価値を見出していかないと、少なくともバイオの分野では国際競争に勝てない。SIPのような、アカデミアと企業が加わったプロジェクトの意義の一つはその実現だと思います。

持続可能な社会に直結したテーマ
水無 渉 サブプログラムディレクター

――今後の展開についてお聞きします。今、籾殻や稲わらを素材として使っていますが、他の素材にも展開していくのでしょうか。

水無:いくつか考えていて、一つは、燃料作物を活用していくというもの。もう一つは、サトウキビを絞った後のバガスや、パーム油を搾るために定期伐採が必要なパームヤシなど、アジアのバイオマス資源を有効に使っていくというものです。これはSIP第2期の範囲には入っていないのですが、日本は国土が狭いので、バイオマス原料としてはやはりアジアの国々と連携していくことが重要になると考えています。

――廃棄物や排水といったものを資源として循環させる取り組みをしていくことで、社会はどのように変わっていくのでしょうか。

水無:持続可能な社会を作るということが大命題であって、その一つが環境問題のない循環型社会の実現、もう一つが少子高齢化に対応した健康社会の実現だと思っています。前者については、石油に依存した社会を、再生可能原料を活用する社会に変えていくことで二酸化炭素の発生をできるだけ抑えることが必要です。我々の研究によって、それに対して寄与できるような種(たね)を作って、それをどんどん広げていくことが必要だと思います。

50年後100年後に今よりも環境が悪くなっていない、そういう社会を作っていかなくてはいけません。すぐには認識しにくいでしょうが、二酸化炭素発生量が確実に減っている、異常気象が少なくなっている状況です。可視化しやすいところでは、海洋プラスチックの問題などでしょうか。捨てないで回収する、基本はリサイクルです。しかし、用途によっては、捨てても分解するようなものを使う。例えば、食品包装で使うような小さなプラスチックの袋を細かくわけてリサイクルすることは不可能ですよね。そういうものは生分解性を利用して、コンポスト化して、有価物を回収する。そのような、使い分けが必要になってくる。そういうことができる素材を開発したいです。そのためにも、できるだけ多くの企業を呼び込んで社会実現につなげていくことが極めて重要だと思っています。

水無 渉(みずなし・わたる)

三菱ケミカル株式会社 新事業創出部 部長付 上席主幹研究員/高度専門職 テクノロジープラットフォームリーダー(バイオテクノロジー)。
バイオテクノロジーを活用した物質生産やソリューション提案などの事業開発を通じて持続性ある社会の実現へ取り組む。