動物衛生研究部門

豚インフルエンザの概要

タイにおける豚インフルエンザウイルスの調査活動

更新日: 2009年9月17日

第2報 (平成21年9月17日掲載)

2008年から行っているタイにおける豚インフルエンザウイルスサーベイランスの一環として、2009年7月には養豚農場の調査を行うとともに、バンコクで行われたJICA主催のワークショップにおいてタイやインドシナ半島諸国の動物衛生に関わる関係者にこれまで得られたタイのSIV情報を提供しました。

2009年7月1日~3日にタイ国立家畜衛生研究所(NIAH-T)のカウンターパートらとともに前年度から定期的に訪問しているサラブリ県(バンコクから北へ100km)の養豚農場3カ所を通算4回目となる調査のために訪問しました(竹前特別研究員、廣本主任研究員)。今回の調査ではウイルス分離用の鼻腔ぬぐい液を120検体、抗体調査用の血清110検体を採取しました(写真1~4)。

写真1
写真1:調査開始前に準備している竹前(写真右)とNIAH-Tのカウンターパート研究員・実験補助員ら

写真2
写真2:毎年訪問しているサラブリ県の養豚農場

写真3
写真3:母豚から採血している様子

写真4
写真4:農場オーナからの聞き取り調査(竹前、写真左奥)

2009年7月10日にはシンブリ県(タイ中部地方、バンコクから約150km)の農場を訪問しました。これまで毎年定期的に調査訪問し、通算3回目となるこの農場では、鼻腔ぬぐい液29検体、血清は29検体を採取しました(写真5、6)。

検体からのウイルス分離率を上げるためには採取してからできるだけ早くウイルス分離を行うことが重要です。今回のシンブリ県の農場でも検体採取後すぐにNIAH-T内にあるZDCC実験室に戻り、ウイルス分離を行いました(写真7)。

写真5
写真5:毎年訪問しているシンブリ県の豚農場

写真6
写真6:飼育豚から鼻腔ぬぐい液を採取(廣本)

写真7
写真7:鼻腔ぬぐい液検体からのウイルス分離の準備(廣本)

2009年7月13~14日にNIAH-T所長およびNIAH-Tカウンターパートとともにピサヌローク県にあるタイ北下部地方の家畜保健所を統括する地方家畜研究開発センター(Regional Veterinary Research and Development Center Lower Northern Region)とピサヌローク県にある養豚農場を訪問しました(西藤、廣本、竹前、図1、写真8~11)。これまでタイでの豚インフルエンザ調査活動はバンコク近郊県の調査を行ってきましたが、気温、養豚場の流通経路や飼養規模の違いなどにより他県ではSIVの湿潤状況が異なる可能性があります。そこで、今回の訪問では調査対象地域の拡大を視野に入れ、豚インフルエンザの疫学調査の重要性を理解してもらうために、ピサヌローク県地方家畜研究開発センター長を含む研究員らに2009年に発生した新型インフルエンザを含むSIVの概要とこれまでのタイにおけるSIVの調査結果を竹前特別研究員が説明しました(写真12、13)。

図1
図1:訪問したピサヌローク県。タイでは7つの地方に区分され、各地方に一か所ずつ各県の家畜保健所を統括している 地方家畜研究開発センターがある(星印:各地方を統括している地方家畜研究開発センター所在県)

写真8
写真8:タイ北下部地方の家畜保健所を統括するピサヌローク県地方家畜研究開発センター。写真左のメッセージボードにはZDCCメンバーの施設訪問を歓迎することが書かれていた。

写真9
写真9:ピサヌローク県地方家畜研究開発センターにあるバイオセーフティーレベル3の実験施設

写真10
写真10:CPグループ(タイで最大の複合企業)傘下の養豚農場。養豚場一面に石灰が散布されていた。)

写真11
写真11:CPグループ社員、NIAH-Tのカウンターパートから説明を受けている西藤上席研究員と竹前特別研究員

写真12
写真12:ピサヌローク県地方家畜研究開発センター長を含む研究員らに説明している様子

写真13
写真13:ピサヌローク県地方家畜研究開発センター長からの質問に答える西藤上席研究員

写真14
写真14:JICA「カンボジア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、タイおよびベトナムにおける家畜疾病防除計画地域協力(フェーズ2)」プロジェクト各国メンバーに説明する竹前特別研究員

2009年7月21日に開催されたカンボジア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、タイ、ベトナムの6カ国が参加するJICA「カンボジア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、タイおよびベトナムにおける家畜疾病防除計画地域協力(フェーズ2)」プロジェクト主催のRegional Epi-Study Workshopにおいて、各国の家畜衛生担当者に対し2009年に発生した新型インフルエンザを含むSIVの概要とこれまでのタイにおけるSIVの調査結果に関する情報を提供しました(写真14)。

第1報 (平成21年7月3日掲載)

図1
図1:ZDCCが豚の疫学調査をした県(赤)

2009年4月、メキシコで確認された豚由来の新型インフルエンザA H1N1(2009インフルエンザ)は瞬く間に世界中に感染が広がり、6月12日世界保健機関は、香港風邪以来41年ぶりの世界的大流行(パンデミック)を宣言しました。6月29日現在、我が国では1,196人そして、全世界では108カ国・地域では70,000人以上の感染が確認されています。

豚は鳥やヒトの両方のインフルエンザウイルスに感染することから、ウイルス遺伝子の交雑の場となって新たなウイルスの出現に関与すると考えられています1)。そのうえで、今回の新型インフルエンザウイルスは、このウイルスと似たウイルスが香港の豚から分離されたことがあるという一点だけをとらえて、その起源をアジアだとする説もあります2)。このことは一方で、いかにアジアでの豚インフルエンザウイルスに関する情報が少ないかということを示しています。これらのことから、新型インフルエンザの出現を事前に察知し、新型ウイルス対策をはかるためには、アジア地域での豚におけるインフルエンザウイルスの浸潤状況やそれらの遺伝子型を把握することが重要です。

動物衛生研究所・タイ拠点である人獣感染症共同研究センター(ZDCC)は、タイにおける高病原性鳥インフルエンザウイルスや豚インフルエンザウイルスの分子疫学研究を実施してきました3), 4)。そのなかで、2000年から2005年に分離された豚インフルエンザウイルスが複雑な遺伝子再集合の結果、多様な遺伝子型を持っていることを明らかにしてきました。そして2008年からはタイ国立家畜衛生研究所(NIAH-T)およびタイ国内にある家畜保健所の協力の下、現地の養豚農場に実際に足を運んで、豚インフルエンザウイルスの疫学調査を開始しました。これまでバンコクの西と北に位置するラチャブリ県(1農場)、サラブリ県(4農場)、シンブリ県(2農場)の3県での豚インフルエンザの調査を行っています(図1、写真1)。

写真1
写真1:インフルエンザウイルスを分離するために豚から鼻腔ぬぐい液をとっている様子

写真2
写真2:サラブリ県家畜保健所の所長・所員に対する説明会(5月27日)

さらに新型インフルエンザ発生後、ZDCCでは調査を実施した養豚農場のある県の家畜保健所の所員や当該農場関係者からの要請に基づいて、サラブリ県とシンブリ県にNIAH-Tのカウンターパートとともに訪問しました(図1)。5月27日にはサラブリ県家畜事務所の定例会議において、ZDCC 竹前特別研究員がサラブリ県家畜保健所所長を含む所員25名に対し、新型ウイルスと豚インフルエンザウイルスの概略と2000~2005年までのタイで分離された豚インフルエンザウイルスの系統解析結果などについて説明しました(写真2)。また同日および6月12日には、このサラブリ県で調査した養豚農場に赴き、農場主などの関係者に各農場でのインフルエンザウイルスの分離率と抗体保有状況についての調査結果を報告しました(写真3、4)。

5月28日にはシンブリ県家畜事務所を訪問しました。その際、ZDCC 竹前特別研究員がシンブリ県家畜保健所所長と所員9名、調査を実施した農場の関係者3名に対し、これまでの調査結果を報告しました(写真5)。

写真3
写真3:調査を実施した養豚場主(サラブリ県)に調査結果を報告(5月27日)

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写真4:調査を実施した養豚場主(サラブリ県)の飼養衛生管理科長に豚インフルエンザの調査結果を報告(6月12日、写真左:竹前特別研究員)

写真5
写真5:シンブリ県家畜保健所の所長・所員、調査を実施した養豚場の関係者に説明(5月29日、写真左:竹前特別研究員)

またNIAH-Tでは定期的に同研究所主催でタイ地方家畜保健所研究員を対象とした技術講習会が行われており、ZDCCではこれまでのタイの豚インフルエンザの調査結果や、豚のサンプルからのインフルエンザウイルスの分離法や注意点などに関する講義を行いました。また、共同研究先であるNIAH-Tには、共同研究で解析されたタイの豚インフルエンザを含む豚インフルエンザと新型インフルエンザとの遺伝的関連性や豚における新型インフルエンザの検出方法に関する情報を提供してきました。

これまでの調査では、タイ国内の豚の間では今回の新型インフルエンザウイルスと関連を持つようなウイルスは検出されておらず、新たなウイルスの侵入と常在化を監視することの重要性が認識されたところです。

このようにZDCCでは、タイでの豚インフルエンザ疫学調査活動によって、豚インフルエンザがタイの養豚産業に与える経済的影響を把握するとともに、新型インフルエンザウイルス対策における豚インフルエンザの疫学調査の重要性をNIAH-Tや地方家畜保健所および養豚農場関係者へ理解してもらうための活動を進めており、今後も継続してタイにおける豚インフルエンザの疫学的調査とその情報提供を行っていきます。また、こうした取り組みが他の豚ウイルス病対策にも役立つことを願っております。

(文責:人獣感染症研究チーム主任研究員 廣本靖明)

  • 動物衛生研究所ホームページ「豚インフルエンザの概要」
  • Smith GJ, Vijaykrishna D, Bahl J, Lycett SJ, Worobey M, Pybus OG, Ma SK, Cheung CL, Raghwani J, Bhatt S, Peiris JS, Guan Y, Ramb aut A. Origins and evolutionary genomics of the 2009 swine-origin H1N1 influenza A epidemic. Nature. 2009; 459(7250): 1122-1125.
  • Uchida Y, Chaichoune K, Wiriyarat W, Watanabe C, Hayashi T, Patchimasiri T, Nuansrichay, Parchariyanon S, Okamatsu M, Tsukamoto K, Takemae N, Ratanakorn P, Yamaguchi S, Saito T. Molecular epidemiological analysis of highly pathogenic avian influenza H5N1 subtype isolated from poultry and wild bird in Thailand. Virus Research. 2008; 138(1-2): 70-80.
  • Takemae N, Parchariyanon S, Damrongwatanapokin S, Uchida Y, Ruttanapumma R, Watanabe C, Yamaguchi S, Saito T. Genetic diversity of swine influenza viruses isolated from pigs during 2000 to 2005 in Thailand. Influenza and Other Respiratory Viruses. 2008; 2(5): 181-189.