野菜花き研究部門

花の色や形を効率的に変える技術

担当者名:大坪憲弘・山口博康・佐々木克友

研究テーマについて

はじめに

私たちは、キク(Chrysanthemum morifolium Ramat.)及びトレニア(Torenia fournieri Lind.)を材料に、従来の遺伝子組換えや変異源育種をより発展させた2種類の方法で新たな形や色の花を作り出す研究を行っています。一つは、植物自身 の持つ花の形や色など、様々な形質を調節する遺伝子を眠らせることで新たな形質を引き出す、「CRES-T(クレスティー)法」と呼ばれる手法、もう一つは、従来の遺伝子組換えで花色を変化させたトレニアにさらに「重イオンビーム」を照射して多彩なバリエーションを作り出す手法です。

CRES-T法を用いた花の形質改変

CRES-T法は、遺伝子解析のモデル植物であるシロイヌナズナの基礎研究から生まれた、遺伝子組換え技法の一種ですが、一般の遺伝子組換えのように新し い性質を与える遺伝子を植物に組み込むのではなく、植物自身の持つ個々の遺伝子の働きを抑制する「転写抑制因子」(キメラリプレッサー)を利用しています (図1)。

図1:CRES-T法の概略
図1 CRES-T法の概略

キメラリプレッサーは、転写因子のC末側に「リプレッションドメイン」と呼ばれる、シロイヌナズナの転写抑制因子で見つかった転写抑制領域を付加したものですが、この方法であらゆる転写因子を転写抑制因子に変換することができます。さらにこのキメラリプレッサーは、従来のアンチセンス法やRNAi法でノックアウトできなかった転写因子に対しても有効に機能し、さらに機能の重複する複数の転写因子に対してもドミナントに働くことが示されており、高次倍数体などでは難しいとされてきた遺伝子ノックアウトを可能とする技法として注目されています。この方法の利点は、植物で最もゲノム解析研究の進んでいるシロイヌナズナの遺伝子資源をそのまま利用できる点で、花の色や形に限らず様々な性質を変化させるために必要な多数の情報が利用可能です。

CRES-T法によって細胞の形や花の構造を制御する遺伝子の働きを抑えたトレニアの例を図2に示しました。野生型(図2a)に比べ、花弁及び葉の縁辺の形状や花弁の配色パターンが変化したもの(図2b, 2c)、花弁の縁辺が鋸歯状に変化したもの(図2d, 2e)、など、野生型とは大きく印象の異なる花が得られています。

 

図2.CRES-T法で花の形や色を変化させたトレニア

 

 


図2 CRES-T法で花の形や色を変化させたトレニア

 

一方、このような形態や配色パターンの変化の中には、CRES-T法によって働きが抑えられた遺伝子がコードする蛋白質などの機能からは推定できないもの も含まれており、シロイヌナズナの研究では明らかにされなかった新たな機能(細胞の性質の決定や植物ホルモンによる維管束形成の制御など)を理解するため の有用な研究材料となっています。

重イオンビーム照射を用いた花の形質改変

一方、重イオンビームは、炭素、窒素、ネオンなどのイオンの粒子をサイクロトロンやシンクロトロンなどの巨大な加速器で光の最大70%程度まで加速して植物に照射することで効率的に突然変異を誘発する手法です。放射線の中でこれまで変異源として用いられてきたエックス線やガンマ線と比べて、変異率が高い、突然変異のスペクトルが広い、付随する変異が少ないなどの特徴があり、育種年限の短縮の面でも高い効果が期待できます。重イオンビーム自体はすでに作物の品種改良やがん治療で実用化されている技術ですが、これを遺伝子組換えと組み合わせることで、有用な性質にさらに変化を与え、より付加価値の高い花を短期間で多数作り出すことが可能です。

重イオンビーム照射で色や形を変化させたキクの例

図3はキク品種‘セイマリン’および‘広島紅’に重イオンビームを照射して作出した変異体の例です。葉に斑の入ったもの、舌状花の形状や数の変化したもの、花粉を作らないものなどが得られており、栄養増殖(挿し芽)の後代では安定に形質を維持していることを確認しています。

キクではこれまでにも‘太平’の色変わり系統として‘イオンの光明’ほか6品種(農業生物資源研、原研高崎、沖縄県農試)、‘神馬’の無側枝性系統‘今神’、‘新神’(鹿児島バイオ研、原研高崎)などが重イオンビーム照射により作出され、品種登録されています。

遺伝子組換えで花の色素を作る遺伝子(カルコン合成酵素(CHS)遺伝子及びジヒドロフラボノール還元酵素(DFR)遺伝子)の働きを変化させた5種類のトレニアに重イオンビームを照射し、様々な性質が変化したトレニアを作出しました(図4)。変異は主に花に集中しており、花弁の切込み、形状変化、内外反、鋸歯縁、フリルといった形態変化に加え、アントシアニンの濃淡や欠失、配色パターンの変化、トランスポゾン様絞り模様など、花形、花色とも多岐に渡っていました。変異率を調査した結果、全照射区の平均で11.9%、照射区によっては44.2%と非常に高い値を示しましたが、その理由についてはトレニアの特性や遺伝子組換えで付与した形質の安定性などによる可能性が考えられ、現在検討を進めています。

このように、トレニアでは一種類の親株から最短1年で100種類以上もの新たな色や形を持つトレニアを作り出すことができます。これまでは、遺伝子組換えやイオンビームなどの技術をそれぞれ単独で用いて新しい性質の花を作り出していましたが、今後はこのように複数の技術の組合せによってさらに効率的に付加価値を付け、大規模にスクリーニングするといった手法が主流となるでしょう。

写真:CHS sense
CHS sense

写真:CHS antisense (1)
CHS antisense (1)

写真:CHS antisense (2)
CHS antisense (2)

写真:DFR sense
DFR sense

写真:DFR antisense
DFR antisense

 
図4.色変わり組換えトレニアへの重イオンビーム照射により得られた花色・花形変異株の例(各パネルの左上が照射元株の組換え体)

おわりに

現状では、遺伝子組換えの花は一般に流通させることができるようになるまでに、「環境影響調査」と呼ばれる、法律で定められた最短3年程度の形質調査が必要であり、そのコストに見合ったものだけが市場に出される状況となっています。花ではすでに多くの種類で遺伝子組換えの手法が確立されていることなどからも、「青いカーネーション」や「青いバラ」に続く多数の「遺伝子組換えの新しい花」が市場を賑わす日はそう遠くないものと考えています。

メモ:トレニアの花のモデル植物としての有用性について

トレニアはインドシナ原産のゴマノハグサ科の一年草で、花の形から別名「夏菫(なつすみれ)」とも 呼ばれます。最近はホームセンターなどでもよく見かけるようになりました。トレニアは、草丈を小さく育てられる(最小7cm程度で開花)、挿し芽で簡単に維持・増殖できる、花が咲くまでの期間が短い、日長に関係なくプラントボックスのような湿度の高い栽培条件でも正常に開花する、2倍体(2n=18)でゲノムサイズが小さい(171Mbp=シロイヌナズナとほぼ同等)、遺伝子組換えの手法が確立されているなど、遺伝子組換え研究の材料として都合のよい性質をいくつも備えていることか ら、新たな花のモデル植物として注目されています。また、花の構造が比較的シンプルであるため、色や形の変化が目で見てわかりやすい点も研究材料としての優れた特徴です。

参考URL

  • 「産業技術総合研究所・ゲノムファクトリー研究部門・遺伝子転写制御研究グループ」
    →「RESEARCH」のページにCRES-T法についての詳細な説明やシロイヌナズナでの解析例などがあります。
  • 「理化学研究所・仁科加速器研究センター」
    →「研究内容」のページに重イオンビームを用いた様々な研究の解説があります。
  • 「イオンビーム育種研究会」
    →「イオンビーム育種情報」のページにわかりやすいQ&Aや総説があります。
  • 「花きCRES-Tプロジェクト」
    → CRES-T法を用いて様々な花きの形質改変を試みるプロジェクト研究について紹介しています。

※ここで紹介した研究成果の多くは、「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業」によるものです。CRES-T法は産業技術総合研究所・ゲノムファクトリー研究部門 高木優 博士、重イオンビーム照射は理化学研究所・仁科加速器研究センター 阿部知子 博士との共同研究です。