西日本農業研究センター

所長室だより -現場目線に立ち、中山間地域を元気にする技術開発に取り組みます-

近畿中国四国地域の多くは中山間地域特有の立地条件にあるため、農地の利用集積が思うように進まず、スケールメリットを活かした低コスト型農業の展開が平場地域に比べて難しいのが実情です。このため、管内では多品目少量生産、特色ある農畜産物の生産、複数の販路の活用など実に多様な農業が広く行われています。
しかしながら、農業労働力の高齢化や減少が着実に進行しており、これら労働集約的な農業の維持も次第に困難になりつつあります。地域農業の衰退は、集落がこれまで果たしてきたコミュニティ機能の発揮すら危うくしており、まさに地域崩壊の危機に直面しています。
例えば、中山間地域における水田の多くは棚田を形成しています。古くは中世~近世の先達らによって開田された棚田は、畦畔・石垣・水路・里山なども含めて脈々と後世に受け継がれてきたことによって、今日の農村景観が保全されてきました。ところが、労働力の減少とともに、伝統的な棚田の石積み技術を持った人も次第に減り、技術の伝承さえも困難となり、棚田の荒廃は全国的に深刻さを増しています。
確かに、一部の代表的な棚田では、ボランティアによる援農、棚田オーナー制度、都市住民との交流による棚田米の販路確保に支えられながら、棚田独特の景観が守られています。しかし、ほかの多くの棚田では樹木が根を張り、畦畔や石垣が崩れ、イノシシやシカなどの野生動物が跋扈する原野と化しつつあります。
美しい農村景観は、無垢な自然景観とは違って、農村に暮らす人々による健全な社会的活動によって支えられています。人々が安心して暮らしていくためには、当然ですが、農業生産を始めとする経済基盤がしっかりと成り立っている必要があります。

中山間地域における集落景観良好に維持管理された美しい棚田このように、農業労働力の急激な高齢化と減少により、労働多投に依存した農業もそろそろ限界にきています。今後は、省力化技術を組み込みながら付加価値の高い農業生産に取り組むという難しい選択を迫られることになります。このため、当研究センターでは、中山間地域の実態に合った省力化・高付加価値化技術の開発に取り組むとともに、速やかに現場への普及・定着を図ることが最優先であると認識しています。
もちろん、低コスト化につながる技術も重要な研究目標の一つですが、大規模化や大型の資本投資によってコスト低減を目指すというよりも、地域の置かれている自然・土地・社会経済条件に応じた適正規模の営農モデルを確立することが重要と考えます。スケールメリットが必ずしも十分には発揮できなくとも、地域に賦存している多様な資源を活用しながら、コスト増を押さえつつ、中小規模であっても持続的な経営が可能な営農モデル、さらには個別経営の枠を超えて、集落や地域ぐるみで農業生産に協働して取り組むといった営農モデルを提案したいと考えています。その場合、原料としての農畜産物の生産にとどまらず、加工、流通、販売、外食、観光などの川中・川下分野も意欲的に取り込みながら、地域全体として所得の確保を図っていくという6次産業化の視点が大事です。
ところで、以上に述べたような農業労働力の問題への対応だけではなく、近年は温暖化の進行や水不足、ゲリラ豪雨、豪雪、台風の大型化など極端な気象現象が農業生産と社会生活の両面に深刻な影響を及ぼしつつあります。こうした災害リスクを減らすためにはICTを始めとする先端技術の活用が大いに期待できます。こうしたツールも積極的に導入しながら、気象災害にも強い農業の確立を目指した技術開発に取り組みます。
その場合、単品の技術そのものがいくら有望であっても、それが生産現場で評価され受け入れられるためには、当該技術とその利害関係者との間の社会的な関係性を十分に考慮した上で、技術を一つの「社会システム」として捉えて提案する必要があります。当研究センターでは有望な技術をいち早く現場に適応できるように組み立て直し、技術の受益者が主体的に関わることができるような技術パッケージとして提案を行います。目指すべき目標は中山間地域における新たなビジネスモデルの構築です。
研究機関として地域の発展にいかに貢献できるのか。職員全員がこのような気概を持って、現場目線に立ち、中山間地域を元気にする技術開発に今後とも取り組んで参ります。

津波被災地域で畦畔法面の省力的なシバ造成技術を実証試験中省力的除草・鳥獣被害軽減・付加価値向上平成26年7月
近畿中国四国農業研究センター所長
尾関秀樹