九州沖縄農業研究センター

サトウキビ栽培での窒素節減技術

坂西研二

ア. 研究目的

沖縄地域でも、化学肥料、生活排水、畜産廃棄物に起因する河川や地下ダム水の硝酸汚染が問題となりつつあり、対策技術の確立が求められている。本研究では、窒素肥料節減と施肥省力化を目的として、サトウキビ側枝苗春植え移植栽培に対する肥効調節型肥料の効果を検討し、これらの技術を普及させ、結果として水質等の環境汚染軽減を図る。

研究前半には、施肥窒素量の節減割合の評価及び肥効調節型肥料(LPS)の種類(60日、80日、100日、120日、160日タイプの中で)を選択した。後半にはN-15標識肥料を用い、追肥窒素分に肥効調節型肥料を用いて全施用量を4割減とした栽培での施肥窒素の利用率を慣行施肥栽培と比較した。また、宜野座村の農家圃場で現地栽培試験を行うとともに、窒素の減肥に関わる経費を表した。

イ. 研究方法

  • 施肥窒素の減肥
    沖縄支所内の黄色土圃場(pH(H2O) 6.40,約600m2)を用い、リン酸およびカリウムは各10g/m2を苦土重焼リンおよび塩化カリウムで基肥として全層施肥した。肥効調節型肥料は、シグモイド型被覆尿素100日タイプ(LPS100:溶出抑制期間;30日、溶出期間:後半70日、80%溶出到達日数;100日)を用いた。被覆尿素施用区には、窒素施用量が慣行区と同量のN100区、2割減のN80区、4割減のN60区を設けた(表1)。1998年2月上旬にサトウキビ(農林8号)の側枝ポット苗を作製して3月上旬に畦幅1.4m,株間0.33mで定植し、翌年1月下旬に収穫し、その他の栽培法は慣行法に従った。
  • 肥効調節型肥料の選択
    同支所内黄色土圃場(pH(H2O) 6.72,約1,200m2)を用い、リン酸とカリウムは上記と同量で基肥として側枝苗移植栽培では全層に、株出し栽培では作条に施用した。肥効調節型肥料は、シグモイド型被覆尿素の100日タイプ(LPS100)、120日タイプ(LPS120:溶出抑制期間;約60日、溶出期間;約60日、80%溶出到達日数;約120日)、160日タイプ(LPS160:約80日、約80日、約160日)を用いた。被覆尿素施用区の窒素施用量は前年度の結果に基づき慣行区(20gN/m2,基肥6-追肥6-追肥8)の4割減として追肥分を減肥した(表1)。株出し栽培では前年作の刈り取り後1ヶ月目の1999年2月下旬に作条施用した(表1)。1999年2月上旬にサトウキビ(農林8号)の側枝ポット苗を作製し、3月上旬に定植し、翌年1月下旬に収穫した。
  • N15標識肥料による窒素利用率測定
    同支所内の黄色土圃場(pH(H2O)6.55,約400m2)を用い、リン酸とカリウムは上記と同様全層基肥施用した。追肥分の肥効調節型肥料は、シグモイド型被覆尿素160日タイプを用いた。窒素施肥量は、慣行施肥(20gN/m2(硫安)の4割減として追肥2回分を減肥した。また、施肥窒素利用率を明らかにするため、各施肥区にN-15標識肥料施用区を設定した(表1)。2000年2月上旬にサトウキビ(農林8号)の側枝ポット苗を作製し、3月中旬に畝幅1.4m,株間0.35mで定植して、2001年1月中旬に収穫した。
  • 現地圃場試験と減肥に伴う経費の比較
    現地圃場試験は、沖縄本島の宜野座村で沖縄支所内の栽培と同様に行い、側枝苗では肥効調節型肥料施用区(LPS160&LPS60,510m2)、慣行施肥区として(513m2)の他に茎節苗区(76m2)を設けた。上記の肥効調節型肥料の使用に関わる経費を算出した。

    表1 サトウキビ側枝ポット苗の春植移植栽培及び株出しに対する窒素施用方法

    表1 サトウキビ側枝ポット苗の春植移植栽培及び株出しに対する窒素施用方法

ウ. 結果

  • 施肥窒素の減肥
    4月から台風前で調査可能であった9月まで測定した仮茎長、一株茎数、葉色は処理間差がなく同様に推移したが、9月には仮茎長は慣行区で被覆尿素区より約5%,葉色値は約10%高かった(図1)。収穫期において、原料茎重は慣行区で被覆尿素施用の3区より約12%大きかったが、甘蔗糖度は被覆尿素施用の3区で慣行区より約8%高かったことにより、可製糖量はほぼ同等であった(表2)。

    表2 サトウキビの原料茎重、甘蔗糖度および可製糖量
    表2 サトウキビの原料茎重、甘蔗糖度および可製糖量

    9月に採取したサトウキビ葉身の窒素安定同位体自然存在比は処理間差がなく、周辺雑草の値より低かったことから、サトウキビ側枝苗移植栽培での窒素固定による窒素獲得が示唆された(表3)。

    表3 サトウキビおよび周辺雑草の窒素同位体自然存在比(δ15 N
    表3 サトウキビおよび周辺雑草の窒素同位体自然存在比(δ15 N

    以上のことから、糖の生産量を指標とするとサトウキビ側枝苗移植栽培でのシグモイド型被覆尿素100日タイプによる施肥省力化と窒素肥料節減は可能と判断されたが、原料茎重は減少した。

    図1 サトウキビ側枝苗定植後の仮茎長の伸長と肥効調節型肥料
    図1 サトウキビ側枝苗定植後の仮茎長の伸長と肥効調節型肥料
    (シグモイド型被覆尿素100日タイプ:LPS100)の溶出曲線)
  • 肥効調節型肥料の選択
    側枝苗移植栽培では定植時に、株出し栽培では前年作収穫後1ヶ月目に、4割減でLPS120を施用した区で慣行施肥栽培と同等の原料茎重と可製糖量が得られた(表4、5)。また、これらのLPS120施用区で、窒素収支の値が低いことから窒素利用率は高いと考えられた。
    定植時LPS120施用とポット苗作製時LPS160施用の窒素溶出曲線が同様なことから(図2)、側枝苗移植栽培でのポット培地へ用いる窒素肥料はLPS160が適していると考えられた。以上のことから、施肥省力化と窒素肥料節減のために、側枝苗移植栽培でポット培地へ用いる肥料はLPS160が,株出し栽培で作条施用する肥料はLPS120が適していると判断された。

    図2 側枝苗定植時LPS120施用後の仮茎長の伸長と定植時施用LPS120およびポット苗作製時施用LPS160の窒素溶出曲線
    図2 側枝苗定植時LPS120施用後の仮茎長の伸長と定植時施用LPS120およびポット苗作製時施用LPS160の窒素溶出曲線

    表4 側枝苗春植え移植栽培に対する溶出期間の異なる肥効調節型肥料の施用効果
    表4 側枝苗春植え移植栽培に対する溶出期間の異なる肥効調節型肥料の施用効果

    表5 株出し栽培に対する溶出期間の異なる肥効調節型肥料の施用効果
    表5 株出し栽培に対する溶出期間の異なる肥効調節型肥料の施用効果
  • N15標識肥料による窒素利用率
    側枝苗作製時に追肥分を減肥してLPS160を施用したLPS・4割減区でのサトウキビ収量の原料茎重と窒素吸収量およびN-15肥料由来窒素吸収量は、慣行施肥区と同等であった(表6)。追肥分のN-15標識肥料窒素利用率はLPS・4割減区で高く、慣行区では著しく低かった(図3)。LPS・4割減区では窒素投入量を減らしてもLPS160の肥効特性により慣行区と同等に収量や窒素吸収は維持されたと考えられる。慣行区でのみかけの窒素利用率は低く、多量の未利用(残存、脱窒、溶脱等)の窒素が生じ、栽培後の土壌pHはLPS・4割減区では栽培前と同様であったが、慣行区では低下した。

    表6 サトウキビ側枝苗春植え移植栽培における収量および窒素吸収
    表6 サトウキビ側枝苗春植え移植栽培における収量および窒素吸収
  • 現地圃場試験結果と減肥に伴う経費の比較
    宜野座村農家においても、LPS・4割減区でのサトウキビ坪刈り収量推定値は、慣行施肥区と同等であり、また、茎節苗慣行施肥区より3割程度大きかった (表7)。
    慣行施用の10a当たりの窒素施肥量は、20kgであり、硫安(成分量21%,625円/20kg)で計算すると、価格(10a) 2,975円になる。LPS4割減肥の10a当たりの窒素施肥量は、12kgであり、これを硫安による窒素6kg,LPS160(成分量40%,1,980円/10kg)による窒素6kgで計算すると価格(10a)3,864円である。LPS使用が10a当たり890円高くなるが、追肥作業2回が省略できることから、十分採算のとれるものと考えられる。なお、リン酸とカリは、両者同量であり、側枝苗の価格は、1本13.5円で10a当たり2,000本植えるとして、27,000円になる。

    図3 サトウキビ春植え移植栽培における由来別窒素施用・吸収量
    図3 サトウキビ春植え移植栽培における由来別窒素施用・吸収量

    表7 宜野座村農家における春植え移植栽培における収量

    表7 宜野座村農家における春植え移植栽培における収量

    写真1 宜野座農家圃場の春植ポット苗移植風景
    写真1 宜野座農家圃場の春植ポット苗移植風景

エ. 考察

上記結果を考察して、窒素施肥量を減らせるサトウキビ栽培法は以下で示される。

  • 春植え初年度の施肥・栽培法
    肥効調節型肥料施肥区(以後LPS区)にN(硫安)、P2O5(苦土重焼リン)及K2O(塩化カリウム)を6, 10, 10 g/m2全層施用する。慣行栽培の追肥分2回(6 gN,8 gN/m2)、を省略し、シグモイド型被覆尿素160日タイプ(LPS160)6 gN/m2を側枝ポット苗作成時にポットに混和する(LPS区の施肥窒素量は慣行栽培の4割減)。2月上旬にサトウキビ(農林8号)の側枝ポット苗を作製し、3月中旬に畝幅1.4m、株間0.35mで定植して、翌年1月中旬に収穫する。
  • 株出し次年度の施肥法
    LPS区において、基肥(N,P2O5及K2O)は初年度と同量にして、表層散布とし、肥効調節肥料LPS160の代わりにLPS120 6gN/m2を刈り取り1ヶ月後に作条施肥を行う。
  • 施肥に関する留意点
    全層施肥にサトウキビ複合肥料を用いる場合は、窒素の成分量に応じて被覆尿素(LPS160,120)の施用量を調整する。初年度の施肥窒素に係わる経費を試算すると、慣行区に比べLPS4割減区がおよそ10a当たり900円高いが、追肥作業が省略できること、施肥窒素量の大幅な減量により地域の硝酸汚染を軽減することができる。

オ. 今後の問題点

肥効調節型肥料により4割減肥でも収量は、慣行栽培と同等であったが、さらに減肥栽培を数年継続した場合の収量については、不明であり、試験を続ける必要がある。

施肥窒素の未利用部分を解明するためには、有底のライシメータを用いて、栽培試験を行い、土壌への残存、脱窒、溶脱等の具体的データを得ることで、窒素の利用率実態を明らかにする必要がある。

カ. 要約

  • サトウキビ春植移植(側枝ポット苗)栽培において、標準施肥窒素を減肥して、同等の収量が得られるのは、4割減肥した場合で、それもシグモイド型被覆尿素肥料を用いて可能となった。
  • 初年度春植移植栽培において、肥効調節型肥料としてシグモイド型被覆尿素の160日タイプ(LPS160:溶出抑制期間;約80日、溶出期間;約80日、80%溶出到達日数;約160日)を使用するとき、収量および施肥管理の面で有利であった。次年度株出し栽培ではLPS120の使用が適当とされた。
  • N15標識肥料による追肥分の窒素利用率を求めると、LPS・4割減区で39%と高く、慣行区では22%と低い。みかけの窒素利用率で比較すると、LPS・4割減区は91%と高いが、慣行区で58%と低く、多量の未利用(残存、脱窒、溶脱等)の窒素が生じている。
  • 現地農家圃場でLPS・4割減区での坪刈り収量推定値は、慣行施肥区と同等であり、また、茎節苗慣行施肥区より3割程度大きかった。
  • 減肥に伴う初年度の施肥と側枝苗の経費は、慣行区10a当たりの窒素施肥量はら20kgで、2,975円であり、LPS4割減の施肥量は12kgで、3,864円である。LPS4割減区がおよそ900円高いが、追肥作業の省略、硝酸汚染の軽減が可能である。側枝ポット苗の価格は、1本13.5円であり、10a当たり、2,000本で27,000円になる。