野菜花き研究部門

花の模様

<野生種の花の模様>
花は種子をつくり子孫を残すという大切な役割を担っています。花が黄色や青色、赤色など鮮やかな色をしているのは、葉の緑色を背景に目立つことで、花粉を運び受粉を手助けしてくれる昆虫を引き付けるためです。さらに花弁には「模様」がある場合があります(図49)。模様は、花弁の外側と内側で色素の量が違ったり、斑点があったりと、色素が不均一に分布することにより形成されます。

図49 野生種の花の模様。花の写真が8枚。(上左から)ヘクソカズラ、タチツボスミレ、ユキノシタ、ムラサキサギゴケ。(下左から)ホトケノザ、シャガ、カタクリ、ヤマユリ

模様はそれぞれの植物種に固有で、花にやってきた昆虫を蜜のあるところまで誘導する「ネクターガイド」としての役目があります。花弁の場所によって色素の量や組成が異なるのは、色素をつくる酵素の量や種類が場所によって異なっているからです。しかし、どのようにして1枚の花弁の中にそのような違いが生じるのかはわかっていません。

模様のなかには人間の目には見えないものもあります。人間が色として認識できるのは380~780 nmの可視領域の波長の光(可視光)です。昆虫は、人間の目には見えない、可視領域よりも短い紫外領域の波長の光(紫外光)を見ることができます。フラボノイド化合物の中には、アントシアニンのように紫外光と可視光の一部を吸収して人間の目に赤や青として見えるものと、紫外光を吸収して可視光をほとんど反射するため人間の目には無色に見えるものがあります。花の中には、紫外光を吸収するフラボノイド化合物が、花弁に不均一に分布している場合があります。そのような場合、昆虫には模様に見えるのです(図50)。このような模様も、ネクターガイドとしての役割を担っていると考えられています。

図50 人間の目には見えない花の模様。右は紫外線透過・可視光吸収フィルターをつけて撮影した花の写真。可視光線のほとんどが遮断され、紫外線の反射率が強調されて写っている。紫外光を見ることが出来る昆虫にとっては、模様として認識される。[福岡教育大学 福原達人氏より提供]

コラム : 野生ランの花の模様の多様性

自然界には全部で約260,000種の植物が存在しますが、その約1割に相当する25,000種がラン科に属しています。ランの花は多様性に富み、形・色・香りだけでなく、種に固有の様々な模様があります(図51)。花の多様性の理由は、ランの生息地にあります。ラン科植物の多くは熱帯雨林に生息しています。熱帯雨林は植物種の多様性が高く、言い換えれば同じ植物種の個体密度が低いのが特徴です。特にランの種子は粉のように小さく風で遠くまで飛ばされるため、個体密度がとても低くなる傾向にあります。そのため、ランはポリネーター(送粉者)に花粉の運搬を頼っています。特定のポリネーターを引き付けるためには個性的な花で自己主張することが重要なのです。

図51 野生ランの花の様々な模様。12枚の花の写真が上中下の3段、各4枚並んでいる。(上左から)デンドロビウム・シルヴァヌム、デンドロビウム・リネアレ、シンビディウム・トレイシアヌ、シイビディウム・ビコォル・プベスケンス (中央左から)デンドロビウム・ストラティオテス、デンドロビウム・カメレオン、デンドロビウム・マクロフィルム、ヴァンダ・コエルレア (下左から)フラグミペディウム・ロンギフォリウム近似種、セロジネ・アッサミカ、パフィオペディルム・グラトリクシアヌム、オンシディウム・バウエリイ
図52 模様の種類と呼び名。花の写真が5枚。ペチュニア 星形模様、ペチュニア 覆輪模様、マルバアサガオ 扇状模様(雀斑)、カーネーション 絞り模様「ペパーミントレース」、ホトトギス 鹿の子模様

<園芸品種の花の模様>

園芸品種の花の模様には、アサガオの絞り模様やペチュニアの覆輪模様のように(図52)、野生種には存在しない模様がたくさんあります。このような園芸品種特有の模様は「突然変異」によりもたらされたものです。突然変異とは、ゲノムの構造や遺伝子の発現調節が変化することです。突然変異により色素の生合成に働く酵素の働きが失われると、色素がつくられなくなったり、あるいは本来つくるものとは構造の異なる色素がつくられたりします。野生の植物でも、とても低い確率でそのような突然変異が起こりますが、そのような変異は植物にとって不都合なことが多いので淘汰されてしまいます。しかし、花の育種では、突然変異でおこった様々な色の変化や模様を人間が選抜し、大切に育てて品種にしているのです。日本では、江戸時代に園芸文化が栄え、花の育種が盛んに行われました。特にアサガオやツバキでは、様々な模様の品種が江戸時代につくられています。

園芸品種の花の模様の多くは、アントシアニンベタレインの生合成遺伝子の突然変異によるものです。これは、アントシアニンやベタレインは植物の生育に必須の化合物ではないので、変異しても生育に影響を与えないため、花色変異体として存在し得るからです。カロテノイドによる模様は野生種のネクターガイドとしては多くの例がありますが、園芸品種の突然変異による模様の例はほとんどありません。カロテノイドは光合成に必須の化合物です。生合成の遺伝子が変異した場合、植物の生育に悪い影響を与えるので、変異体として存在することが難しいのです。

コラム : 模様の種類と呼び名(図52)

  • 覆輪模様:花弁の外縁部と内側の色が異なる(ペチュニア)
  • 絞り模様:細かい斑が筋状に点在する(カーネーション)
  • 鹿の子模様:小さな斑が点在(ホトトギス、ユリ)
  • 扇状模様:中心部と外縁部を結ぶ放射状の筋(アサガオ)
  • 星形模様:中肋(合弁花弁の接合部)の周辺の色が異なる(ペチュニア)

※模様の呼び名は、植物種によって異なる場合があります。たとえばアサガオでは、扇状模様を「雀斑」と呼びます。

<突然変異により花の模様が生じる二つのしくみ>
園芸品種の絞り模様や覆輪模様などの花の模様は、「トランスポゾン」や「PTGS」と呼ばれる突然変異が花弁の一部で起こることによってつくられます。花の色素の生合成に関連した遺伝子に起こった突然変異は、色の変化という人間の目に見える形で現れるので、突然変異のしくみを研究する材料としてよく利用されています。実際、模様のしくみを研究する過程で、「トランスポゾン」や「PTGS」の現象が発見されました。

トランスポゾン

** アサガオ、カーネーション、キンギョソウの絞り模様ができるしくみ **

トランスポゾンとは、ゲノム上のある場所から別の場所へ移動して渡り歩くことができる遺伝(DNA)因子のことです。「動く遺伝子」とも呼ばれています。トランスポゾンが色素の生合成にかかわる酵素遺伝子に挿入されると、酵素が正常な状態でつくられなくなり、色素の生合成がストップしてしまいます(図53)

扇状模様では、白地の花弁に赤や青のセクターがみられる場合があります。白地ではトランスポゾンが挿入され色素合成が抑えられていますが、赤や青のセクターでは、細胞の分裂過程でトランスポゾンが切り出され、再び色素が生合成できるように変化しています。トランスポゾンの動く頻度やタイミングによって、花の模様のでき方が変わります。トランスポゾンの切り出しが花弁の発達の早い時期に起これば、その後細胞分裂を何度も繰り返してセクターは大きくなります。遅い時期に起こると、細胞分裂の回数が少ないので、幅の狭いセクターになります。

図53 斑入りの模様ができるしくみ[トランスポゾン]

PTGS

** ペチュニアの覆輪模様、星形模様ができるしくみ ***

PTGSとは、翻訳後遺伝子サイレンシング(Post-Transcriptional Gene Silencing)の略称です。遺伝子がメッセンジャーRNA (mRNA) に転写された後にmRNAの分解が起こり、タンパク質への翻訳が抑制される現象です。遺伝子組換えで植物に遺伝子を導入した際にも、同様の現象がしばしば観察されます。外から侵入してきたウイルスなどの核酸を異物として認識し、排除する防御機構の一種であると考えられています。植物だけではなく、微生物や動物も同じような仕組みを持っています。
ペチュニアの覆輪模様や星形模様(図52)では、花弁の白い部分でアントシアニン生合成の酵素遺伝子にPTGSが起こり、アントシアニンがつくられなくなっています。多くの植物では、同じ配列の遺伝子が逆向きに染色体上に並んで存在しているとPTGSが起こることが知られています。一方、ペチュニアの覆輪模様では、カルコン合成酵素の遺伝子が同じ向きに複数並んで存在していることが報告されています(成果情報1)。

関連する成果情報

一般向け参考書

  • 佐藤有恒 (1997) 科学のアルバム 「花の色のふしぎ」 あかね書房

専門家向け参考書・参考文献

  • 総説:中山真義 (2009) 花の模様の形成機構 植物の生長調節 44: 85-93
ペチュニア
  • Napoli, C., Lemieux, C., Jorgensen, R. (1990) Introduction of a chimeric chalcone synthase gene into petunia results in reversible co-suppression of homologous genes in trans. Plant Cell 2: 279-289.
  • Morita, Y., Saito, R., Ban, Y., Tanikawa, N., Kuchitsu, K., Ando, T., Yoshikawa, M., Habu, Y., Ozeki, Y., Nakayama, M. (2012) Tandemly arranged chalcone synthase A genes contribute to the spatially regulated expression of siRNA and the natural bicolor floral phenotype in Petunia hybrida. Plant J. 70: 739-749.
アサガオ
  • Iida, S., Morita, Y., Choi, J.D., Park, K.I., Hoshino, A. (2004) Genetics and epigenetics in flower pigmentation associated with transposable elements in morning glories. Advances in Biophysics, 39: 141-159.
カーネーション
  • Itoh, Y., Higeta, D., Suzuki, A., Yoshida, H., Ozeki, Y. (2002) Excision of transposable elements from the chalcone isomerase and dihydroflavonol 4-reductase genes may contribute to the varigation of the yellow-flowered carnation (Dianthus caryophyllus). Plant and Cell Physiology, 43: 578-585.